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日本の英語力、非英語圏で53位 世界ランク、前年から低下 [英語]

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日本の英語力、非英語圏で53位 世界ランク、前年から低下:時事ドットコム

日本人の英語力が向上しない原因は主に2つあると思います。一つは環境の問題で、もう一つは会話重視の教育改革です。

特に、大きいのは日本人が置かれている環境の問題です。上記ニュースの調査は、日本人の英語力の「ランク」の低下を示すものです。英語力のランクが下がったことと、日本人の英語力の低下はイコールではありません。他の国の人たちの英語力が伸びた可能性もあるからです。おそらく、その要因がもっとも大きいのでしょう。ヨーロッパやアジアの人たちは、内需が日本よりも小さいので、必然的に海外を相手にしなければいけません。彼らの英語力はそういう形でついたものです。国際語(リンガ・フランカ)の英語ができないと、生きていけないというわけです。日本の場合は、比較的裕福な人たちが作る国内マーケットが大きいので、日本人を相手にするだけの商売ができます。したがって、英語ができても大きなメリットはないのです。現在の経済状況では、そもそも英語を身につける理由も必要性もないのですから、ヨガやジョギングみたいな趣味として、「趣味は英語学習です」と答える人もいるほどです。英語ができると外国に旅行に行ったときに便利ですが、国民のほとんどが海外旅行に行くことがないのですから、無理に英語を覚える必要はありません。

そんな英語を身につける必要性がない日本人の英語力を高めたいのならば、日本の内需をボロボロにして、外国人と英語でやりとりしなければ飯が食えないような絶望的な環境にするしかありません。明治の初期や戦前の日本人のエリートたちの英語力は目を見張るものがありました。それは日本が絶望的だったからであって、したがって、英語力を高める必要性があったからです。いまはせいぜい日本に遊びにやってくる来る外国人観光客を相手にモノを売る程度の英語力で十分です。わざわざ学校で何千時間もかけて学ぶほどのものではありません。他にやるべきこと(数学や理科など)がたくさんあるはずです。時間とエネルギーの無駄でしかありません。

もう一つ、日本人の英語力が高まらない原因は、会話力重視の教育です。実際、会話力を重視する教育と言っても、教育の専門家でもないようなネイティヴスピーカーをどこかから連れてきて、彼らに文法の説明をしてもらい、あとは会話の練習をさせている遊んでいるだけです。博士号を持っているネイティヴスピーカーの教員はほぼゼロです。授業のほとんどは彼らのおしゃべりを聞くことに終始します。それをありがたく拝聴するのが授業だと思っている哀れな日本人の学生もたくさんいます。日本人の教師が与太話をしていると激怒するような学生が、外国人の無駄話をありがたがるのです。なんとも滑稽な状況です。日本人の田舎者らしさを如実に反映しているのでしょう。

ネイティヴスピーカーの先生のおしゃべりを聞いているだけで日本人の英会話能力の向上を図る教育の改革ができていると勘違いしているのが、ド素人の官僚や政治家たちです。彼らは現場で何が起きているかをまったく調べもしないで、自分たちの思い込みで、民間に任せればうまくいくとか、英米の白人さまに授業をさせれば、とたんに日本人の英語力が高まると信じ込んでいるのです。英語業界では、英語を英語で学んで、英語で考えるべしなどと主張する人が妙に威張っている時代ですが、「英語」を中国語やスペイン語に置き換えて考えてみればすぐにわかりますが、そんなものは幻想でしかありません。

その程度のレベルのド素人英語教育評論家に英語教育を改革する能力は全くありません。彼らが何をしても、科学的な知見によるものではないのですから、全て改悪になります。毎年毎年、小賢しい改革をしながらも、一切その後の成果を検証しませんから、失敗したのか成功したのかまったくわかりません。実際には検証してはいるのですが、大学側としては、うまくいっているかのように錯覚させる数字の操作をしないと文科省から予算がもらえませんから、うまくいっているように見せかけて文科省に報告するのです。実のところ、現場では実感していますが、英語力の格差が大きく開いています。英語を使わないと行けない環境で育ったために恐ろしくできる学生と、恐ろしくできない学生に極端に分かれるのです。できない方はもはやどんな教育を施しても改善する可能性はありません。どこかで道を踏み誤ってしまったのでしょう。その責任は、彼らに恥をかかせる会話力重視の教育にあったと思います。

日本人の英語力が年々低下させた責任は、当然のことながら、教員ではなく、政治家と官僚と民間企業のお偉いさんにあります。彼らは夜ごと高級料亭で反省会を開いてほしいものです(苦笑)。

英語力の育成には、読んで書くことが重要です。読むと言っても、書くために読むのです。逆に言うと、読むために書くのです。話すために話すだけの練習なんかできっこありません。結局、文法もしっかり勉強しなくちゃいけません。話の組み立て方も勉強しなければいけません。その場の思いつきで当意即妙に単語だけでやりとりをしているだけでは、英語で内容のある話をすることはできません。

会話力重視の授業に切り替わったのは20年ほど前です。当時から英会話と英語の勉強は違うと勘違いしている人がたくさんいましたし、いまもあふれるほどいます。そんな人たちの意識を変えない限り、日本人の英語力はダダ下がりする一方でしょう。その考え方が、フランス語やスペイン語の教育にも広まって、最初から文法を学ばずに、会話から教えろという圧力がどこかからかかり、学生たちもそれを期待するようになって、現場の教師がほとほと困っています。ラテン語系の複雑な動詞の活用でさえも「覚えなくてもいいから、会話をしましょう」なんてことを言わされているのです。ありえない話です。しかも、教師はそれを日本人の初学者にスペイン語のみで教えろとか言われるのですから、そんなことが誰にできるのでしょうか。いったい誰得なのですか。

つまるところ、この20年間の英語教育の改革は大失敗だったと結論づけるしかありません。笑ってしまうほどの大失敗です。原爆を落とされたようなものですね。文科省の思いつきの改革をすればするほど順位を下げ、あと数年もすれば最下位になるでしょう。この予想はほぼ間違いありません。現場にいれば、わかることです。私には別にどうでもいいことですけどね。日本人の知性が劣化していくのを見て喜んでいるのは、日本人に英語を押し付ける側のアメリカかもしれません。バカはバカであるほど操作しやすくなりますからね。自分たちに歯向かってこないようにし、同時に金儲けの対象にすることもできるのですから、アメリカ人にとっては一石二鳥です。

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