SSブログ

カーク・ジョーンズ監督『ウェイクアップ! ネッド』(イギリス、1998年) [映画]







ウェイクアップ!ネッド - Wikipedia

Waking Ned - Wikipedia

暗い気持ちになりがちな時代ですが、こういうコメディを見ると、少しは気が晴れると思います。私はこの映画を観るのは人生で3度目ですが、何度見ても腹を抱えて笑ってしまいます。

あらすじはこうです(ネタバレはしません)。ジャッキーの耳に、良い知らせが飛び込んできます。自分が暮らすアイルランドの片田舎の村人の中に宝くじの高額当選者が出たというのです。ジャッキーは当選者らしき人物に当たりをつけ、なけなしのお金でパーティーを開き、その人物を突き止めようとします。パーティーが引けた後、招待客の中でただ一人、一人暮らしのネッド・ディヴァインだけが来なかったことが発覚。嵐の中、ジャッキーがネッドの家を訪れると、彼は宝くじを握ったまま口をぽかんと開けてベッドの上で死んでいたのです。心臓発作です。ジャッキーは親友のマイケル(上の動画の老人)と謀議し、そのお金を自分たちのものにしようとしますが、その計画は頓挫し、最終的には村人全員で賞金を山分けしようということになり、村中を巻き込んでの大騒ぎになっていくのです。賞金の額はおよそ700万ポンド。当時のレートは1ポンド200円ほどでしたから、1,400,000,000円(14億円)です。ウィキペディアでは12億円と書かれています。そっちのほうが正しいのでしょう。12億円を村人52人で分けると、一人あたり2300万円です。ずいぶん景気のいい話ですね。

北アメリカでのタイトルはWaking Ned Devineとなっています。アイルランドではWakeは寝ている人を起こすという意味だけではなく、通夜の意味があります。Nedはベネディクトの愛称でしょう。ベネディクトは聖人の名前ですが、「祝福があるように」という意味がこめられています。現在のローマ教皇はフランシスコですが、その前はベネディクト16世でした。名前はDevineですが、ほぼ同じ発音のDivineならば「神聖な、神のような」という意味になります。村人たちにとっては、ネッドの死はまさに僥倖です。生きているマイケルを死者に仕立て、死んだネッドを生き返らせるジャッキーたちの計画は神聖どころではなく、完全な犯罪ですが、彼らの行動がドリフターズのコントのようにあまりにバカバカしくて、悪意など微塵も感じさせません。前半はただただ腹を抱えて笑えるだけです。痩せこけた老人が真っ裸で(ちんこ丸出しで)バイクにまたがるシーンなんて、古今東西の映画の中で、この映画だけでしか見られないと思います。そんなシーンは、特殊な変態ではない限り、誰も見たくもないでしょうけどね。しかしながら、後半になると、人の死や生き様、友人の存在についてなど人生について深く考えさせてくれます。上に貼り付けたYouTubeの動画を見てみれば、雰囲気はわかってもらえるでしょう。まさに今こそ観るのにふさわしい映画です。花粉症の季節も始まりますし。

ジャッキー役のIan Bannenはイギリスでの公開から数ヶ月で亡くなっています。71歳でした。マイケル役のDavid Kelly は2012年に亡くなっています。82歳ですから、そこそこ長生きですね。マイケルのほうが長生きというのは皮肉なものです。当時の死亡記事をネットの新聞(BBCかな?)で読んだことを記憶しています。ちなみに、ジャッキーの妻役であるFionnula Flanaganは79歳で、ご存命です。

この映画の大部分はアイルランド英語ですから、アメリカ英語を中心に勉強している人はショックを受けてしまうかもしれません。

挿入歌としてThe Parting Glassが使われていますが、ポピュラーな別れの歌です。アイルランド民謡ともスコットランド民謡とも言われています。この曲はEd Sheeranも歌っているし、いろんな映画やテレビドラマで使われているのでご存じの方も多いと思います。私もバイオリンでよく練習しています。ちなみに、「蛍の光(Auld Lang Syne)」のほうは、日本では大晦日に歌われて、まるで別れの歌のように思われていますが、原曲は再会を祝す歌です。

The Parting Glass | おはなし じょんぐるーず

そうそう、宝くじで思い出しました。このパンデミックで政府はだいぶお金を使い、借金を増やしてしまいましたし、生活困窮者も多数出しています。その人達を救うことを目的とした宝くじを販売する計画はないのでしょうか。私ならば、自分はくじ運がないので当たるはずがないと思いますが、社会貢献の意味で、必ず買うでしょう。12億円もいりませんので、1億円を12本くらいの規模で十分です。その売上のほとんどを国の借金の返済や生活弱者のために使うようにしてほしいです。

共通テーマ:映画

さっぱり [雑感・日記・趣味・カルチャー]

東京の陽性確認者の割合は138.5人に1人になりました。一昨日からほとんど変わりません。感染拡大がストップしつつあることがわかります。「三密」を避けるためにはやはり移動と飲食を控えることが重要だったのですね。2月の感染拡大を警戒していましたが、この調子では3月末頃までには1日あたり50人くらいになっているかもしれません。ワクチンはなかなか日本には届けてもらえないし、一般の人間は接種できても5月か6月以降になりそうですが、それでも希望が見えてきました。なんとか生き残れそうです。もうしばらくの我慢ですね。(私はぜんぜん我慢してませんけどね。)

ほぼ今年度の仕事は終わりました。あとは成績をつけるだけなので、なんだかさっぱりした気持ちです。4ヶ月近く髪の毛を切りに行っていないので、そろそろ行かなくちゃ。いつも行っているところが値上げされてしまっただけではなく、なんだか雰囲気が悪くなってしまったので、今度は1000円カットのお店にでも行ってみようかな。10分くらいの滞在で済むのなら、感染の危険性も少しは減るでしょうし。もしくは日帰り温泉に併設されているところで散髪してもらうのもいいかも。待ち時間も有効活用できそうですし。いずれにせよ一度も利用したことがないので、やったことがないことを試してみるのも新鮮な気分になっていいかも。

今日は私が夕飯の支度をする当番だったので、ふつうの料理を作って食べました。例年、節分には妻が恵方巻なる巻きずしを買ってくるのですが、私は好きではないし、スーパーでも派手にコーナーを作っていなかったので、ぜんぜん恵方巻きなんか思い出しませんでした。妻は不服なんでしょうけど、恵方巻きを食べて、運気が上がった試しがないし、上がったところで恵方巻きのおかげであるかどうか検証不可能です。あんなわけのわからない習慣はやめてほしいものです。チョコレートも嫌いなので、和式St. Valentine's Dayも私には不要です。


アルゼンチンモリゴキブリ [雑感・日記・趣味・カルチャー]

南米ゴキブリを野外で確認、千葉 繁殖容易、害虫となる恐れ:東京新聞 TOKYO Web

ペットの爬虫類や魚の生き餌になるからって、そんなものを安易に国内に入れてはいけませんよね。アルゼンチンモリゴキブリはデュビアとも言うそうで、Mサイズだと50匹で2500円くらいで販売されているようです。1匹50円もする贅沢な餌ですね。アマゾンだとSSサイズ 5グラム(約100匹)が1,475円です。私もゴキブリを育てて販売しようかな。いい副業になりそうですが、部屋でゴキブリを育てているなんて人にはなりたくないですね。Gの話はここで終わりです。

さて、学生にこの1年間を振り返ってもらうという課題を出したのですが、彼らの文章を読んでいるうちに、オンライン授業に対する怒りや不満を抱いている人の傾向がわかってきました。彼らは他人とのコミュニケーションが好きで外交的という性格が見られるのですが、場合によっては精神的に自立しておらず、自己管理能力や環境適応能力が低いという傾向もあるようです。

小中高時代、他人に与えられた課題をこなすだけの人生を送ってきたために、自分で自分を律して、時間の管理をしたり、自分で問題を発見して、それを解決しようという姿勢が育ったなかったのかもしれません。「学費を払っているのに、なぜ教えてもらえないんだ」とぶつぶつ文句を言うだけで、すべて自分の怠惰な生活はコロナと大学のせいににして、甘えている学生もいることがわかりました。

そもそも、最初期の大学はヨーロッパ各地から集ってきた聖職者たちが神学についてユニバーサル言語であるラテン語で語り合う場だったとテレビの放送大学かなにかで聞いたことがあります。すぐに大学は医学や法学や哲学を学ぶ場所に発展しましたが、基本的には自分がぶち当たった問題をさまざまな地域からやってきた有能な人たちの力を借りて自分で解決することを目指す人たちのための場所だったのです。いまは大学で問題解決の方法を教えてもらおうなんて考えている人もいるようですが、そんな受動的な考えを持っていること自体すでに終わっています。解決すべき問題はそういう人の姿勢の方です。

中世ヨーロッパの大学 / 世界史 by 逆転検事 |マナペディア|

大学は、それぞれの分野に存在する問題を解決したいという目標を持っている人たちが集まってくるところで、彼らが社会貢献できるように後押しするところです。何かの問題の答えを教えてくれるところはありません。自動販売機に100円を入れると、100円の価値の飲み物が買えるようなものと仕組みが違うのです。100円を入れても、何も出てこない場合もあるし、100億円の価値のあるものが出てくる場合もあります。そういう場所です。

卒業論文という最終課題は、自ら学んで、自分で事を起こし、適切な手続きを経て解決する能力があることを証明するものです。その証明書が学位です。その切符があるかないかが高卒と大卒との大きな違いです。他人に与えられた仕事を効率よくこなすだけの人と、自分で問題を発見し、他者と協力しあって解決に導こうとする人の違いです。

対面授業をしない大学に苛立ちを隠せない人たちは、残念ながら、大学を学校と勘違いしている人たちです。小中高のような学校では教員免許状がなければ教員になれませんが、大学は研究機関ですから、教員免許状がなくても、それぞれの分野で優れた業績があれば、教員になることができるのです。そこは決定的な違いです。教えることより研究することを優先しているのです。かつての大学は先生が何も教えてくれない場所でした。

マスコミの報道でも、大学での学問についての認識が甘い人が多いようで、「なぜ小中高はコロナ禍でも開いているのに、大学は閉じているんだ。学びの機会を奪うな。学費を返せ」などと乱暴なことを主張する人がたくさんいましたが、彼らには「あなたたちは大学時代、授業に真面目に出席して、しっかり勉強したのですか? 自分が学んだことをすらすら言えるんですか?」と問い返したいです。アルバイトとサークル活動だけで、大学に行っても部室にこもりっぱなしだったんでしょうが。

コロナによって、大学は原点に強制的に回帰させられたという事実を正しく認識している人はどれだけいるでしょうか。文科省もそういうことをすっかり忘れて、だいぶ前のことになりますが、卒論は出さなくても卒業できるように制度を改革しました。結果、文科省そのものが解決すべき問題になってしまいました。

ゴキブリの話から始まったわけですが、我々が駆除しなければいけない害虫は…

これ以上はやめておきます。それより、ゴキブリを育てて餌にするほうが金儲けの種になりそうですね。



共通テーマ:学問

感謝の心が大切だなんて、東日本大震災直後にも言っている人がいましたが、結局 [雑感・日記・趣味・カルチャー]

Clubhouseなのに全員無言!? もくもくと作業する人をつなぐ使い方がリモートに最適:リモートワーク時代のライフハック術(1/3 ページ) - ITmedia NEWS

他人と繋がりたいんだけど、他人に邪魔されたくないという人の需要があるんですね。私は邪魔されたくないし、繋がりたくないので、興味がありません。

日本一の書評家が辿り着いた「必要なもの」「必要ないもの」 | 人生を変える一文。 | WANI BOOKS NewsCrunch(ニュースクランチ)

感謝は必要で、憎悪や嫉妬は不要ですね。東日本大震災の後も同じようなことを言っていた学生がいましたし、今回でもそれに気づいたという学生がいましたが、数年すると忘れて、他人を非難する人になってしまうんですよね。わかりきったことですが、それが人間の性(さが)です。

1Gまでは0円・20GBは1980円に、楽天モバイルが新料金プラン | 通販通信ECMO

私と妻は楽天モバイルです。妻の方は別の会社だったのですが、潰れたので、自動的に楽天モバイルとの契約になりました。そのまま放置しておいても、Rakuten UN-LIMIT IVにはならないようなので、契約を変更しようかと考えています。

コロナで増える「メンタル不調」…1万人の健康を守る産業医が教える「3つの対策」(池井 佑丞) | マネー現代 | 講談社(1/5)

一日あたりの歩数が「4,000歩を下回るとメンタル不調のリスクが高まる」のですか。犬の散歩でかろうじてクリアしていますが、完全に在宅勤務で、外に出ることがない人はヤバそうですね。

「コロナうつ」のリスクが増加‥SNSをメンタルヘルスにいかすには? | ZUU online

人それぞれで、他人とのコミュニケーションが有効な人、運動が効果的な人、趣味に没頭するのが効果的な人、などいろいろでしょう。全部しないと鬱になる人もいるでしょうし、どれも有効ではない人もいると思います。SNSも悪かと言われたら、そういう側面もあるし、そうではない側面もあるでしょう。

将来不安が原因であることは確かですが、それを取り除くことは不可能です。だからこそ、「公助」が必要なんですけど、いまの政権は「自助」ばかり求めてきますから、よりいっそう不安になるだけです。生活保護になったら、そこから抜け出すのは至難の業ですし、その前にしっかりしたセーフティネットが必要なのに整備するつもりもないし、国民のことなんか一切考えていない新自由主義政権です。彼らは国民を税金が搾り取れる「人材」としか見ていません。

「弱者に手を差し伸べることを不公平だ」「頑張らないとのためには頑張れない」(by クシュナー)と考えるようなアメリカの共和党的なメンタリティーの人が増えてしまうと、自由主義や資本主義を支える根幹である中間層が崩壊し、独裁制になり、一般の国民は罰則に怯え、不自由を余儀なくされることになるのはわかりきっています。それなのに、「野党は批判ばかりしている。野党はだらしない」とか壊れたレコードのように(いやオウムですかね)、同じことを無批判に繰り返す人が多いので、情けなくなります。本当に歴史から何も学ばないんですね。

与党はRuling Partyで議会を支配してる側で、自分たちの意に沿う法案を官僚に作らせる側です。野党というのは、Opposition Partyですから、その法案の穴を見つけ、修正を要求したり、反故にするように反対する役目です。野党の仕事は代案を出すことではありません。代案なんか出しても、与党にゴミ扱いされるので、意味がないのです。時間の無駄です。だからこそ、法案の穴を見つけ、修正を要求したり、反故にするように反対しているわけです。それを「野党は批判ばかりしている。野党はだらしない」と言っている人たちは、民主主義のルールを知らないのでしょう。自民党は自分たちへの批判をかわすために、「代案を出せ」というフレーズを使ったところ、愚かな大衆はその戦術にまんまと騙され、いまだの自民党に騙されていることを疑うことすらできず、「馬鹿の一つ覚え」になっているわけです。情けないのは野党ではなく、野党を無批判に非難する人たちのほうです。ヤフーニュースで、野党を取り上げたニュースのコメント欄を荒らしまくるようなクソジジイたちです。あいつらは、まともな人間ではありません。


追記(10:07):2クラス分をきれいに片付けました。20人くらいの文章を読んで丁寧にコメントを返しました。今年度の仕事はあと1クラス分。昨日のうちに少しだけ片付けておいたので、残りは16人分です。今日中には片付けられるでしょう。それが終わったら成績をつけます。その仕事は明日に先延ばしますが。