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resilience [映画]

52 perfect comfort films – to watch again and again | Film | The Guardian

取り上げられている作品の中で私が好きなのは、以下の6本。

The Graduate
Singin’ in the Rain
Tokyo Story
The Good, the Bad and the Ugly
Sister Act
West Side Story

他にもMrs DoubfireやSting、Pride and Prejudice、Terminator 2、Ghostbusters、Die Hard、『となりのトトロ』なども観たことはありますが、上の6本は必見でしょうね。映画が好きを自認する人で、クリント・イーストウッドのThe Good, the Bad and the Uglyと小津安二郎の『東京物語』を観たことがない人は「もぐり」だと信じています。『東京物語』はもう3回以上観ていますが、また見返したくなりました。春休みは、昔見た映画を見直すことにしたいです。

What Jane Austen can teach us about resilience - BBC Culture

そうなんですか。ジェーン・オースティンってそんな作家だったっけ?

アメリカ大統領選の「陰謀論」にハマってしまった私~やらかした当事者が振り返る~ | ハーバー・ビジネス・オンライン

私はフィクションが好きだし、文学を専門にしているので、フィクションと現実の区別はできているつもりです。当たり前か。そういうのに慣れていないと、かんたんに陰謀論や新興宗教にハマってしまって、デマを撒き散らしてしまうのでしょうね。でも、この人は映画関係者なんですね。ヤバいなあ。

このところ、陰謀論にハマっていた人たちが、反省文を書いているのを見かけるようになりました。良い傾向だと思います。これもresilienceかな。

私は1ヶ月ほど前に妻に「あなたが信じていることはフェイクなのよ。どっちが真実なのか。いずれわかるわよ」と罵られました。でも、だいたい私が信じているとおりになっています。世の中は単純なストーリーでは収まらないことを、徐々に妻も理解していってくれると思います。いまだに淡路島にパソナが本社を移転するのは子供の人身売買に手を出すためだと信じていますが、何をか言わんやです。




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花は咲く チェロ:紫竹友梨(SHICHIKU,Yuri) [音楽・楽器]



ポジション移動が激しいですね。

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ほとんどのETC車載器はしばらく使えます [クルマ]

古い「ETC車載器」使用不可間近も新規格「ETC2.0」普及率なぜ僅か? ETCに潜む課題とは | くるまのニュース

この記事は誤解を与える書き方がされているのでご注意を。古いETC車載器がすべて使えなくなるかのように錯覚しそうになりますが、現在使われているほとんどの機種はそのまましばらく使えます。メーカーのサイトに行って、型番を調べてみればすぐわかります。

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haun Davey's Fill to me the Parting Glass, Derry 2013 [音楽・楽器]



こんなに重層的な演奏はできませんが、単純なメロディーのところは自分で音を拾いながら、チェロで演奏できるようになりました。

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後知恵バイアス [雑感・日記・趣味・カルチャー]

コロナの恐怖を煽るテレビ番組制作者のホンネ 「羽鳥モーニングショーは良く練られた番組」(デイリー新潮) - Yahoo!ニュース

この人は、「新型コロナウイルス感染症は、インフルエンザと比べて死者数がはるかに少ないんだから、マスコミは煽りすぎだし、人々は怖がりすぎだ。」と言っていますが、これこそ典型的な「後知恵バイアス」です。終わってからだったら何だって言えます。(このテレビ番組制作者は当初からコロナはインフルエンザよりも怖くないと主張していたことを記憶しています。)確かにインフルエンザより死者数は少ないですが、致死率は高いので、怖がらなくてもいいわけではありませんし、実際、まだこのパンデミックが終わったわけではありません。

そろそろこういうふうに、ドヤ顔で「ほーらね。オレの言ったとおりだろう。怖がっていた奴らはバカだねえ。ヘタレ野郎が!」なんてふんぞり返る人がたくさん出てきそうです。うちの妻もそうです。昨日も妻は母親と電話で「コロナに感染している人なんかどこにいるのよって感じぃ」なんて言っていました。すぐに母親にたしなめられてシュンとしていましたけどね。年寄りは死が身近なので、コロナなんか怖くないというのは、お前らなんか死んでもいいと年寄りに向かって言っているのに等しいわけです。無神経極まりありません。私にはそういう人の気が知れません。

高速道路では全席シートベルトを着用するのは義務です。していないと罰則があります。しかし、ベルトをしていなくても、必ずしも事故に遭って死ぬわけではありません。ベルトをしていても事故で死ぬかもしれません。ベルトをせずに、高速道路でスピード違反をしたり、危険なあおり運転をしても、警察にも捕まらず、事故も起こさず、目的地にたどり着いて、用を済ませて無事に帰ってくる運のいい人もいるでしょう。たからといって、「ベルトなんかしていても無意味。怖がり過ぎだよ。ほーら、死ななかっただろ」と言う人はいません(そういうバカもいるかもしれませんが)。「ベルトをしないと危険だ」と警告する人は「煽りすぎ」なんでしょうかね。それはまた、駐車場のほうが事故が多いのですから、高速道路より、駐車場のほうが危険だと言って、高速道路の危険性を過小評価しているのと同じようなものです。

この書き手は「因果関係」も理解できていないようです。「人々が怖がったためにアメリカのようなコロナの感染拡大は起きなかった」可能性があると考えるべきところ、この人は「アメリカのようなコロナの感染拡大は起きなかったのだから、怖がる必要はなかった」と因果関係を逆転させているのです。この論理にコロリと騙される人はかなり多いと思います。これは非科学的で、非論理的な、きわめて危険な詐欺の言説です。こういう非論理的な人が「後知恵バイアス」の罠にハマるのです。

京都大学の山中教授がファクターXがあるのかもしれないという可能性をほのめかしただけなのに、ファクターXのおかげで日本人は感染しないと信じた人も大勢いたはずです。科学者は、庶民の知性を信じ過ぎです。庶民は彼らが考える以上にバカなのです。迂闊なことをほのめかして、愚かな庶民に期待させてはいけないのです。それより、岡田教授のように、危険を煽ったほうがはるかに罪ではありません。残念ながら、世の中の人はみなバカであることを前提に進めていくしかないのかもしれません。

このテレビ番組制作者が言っているように、テレビ局は(特にテレ朝のモーニングショーは)、視聴率を取るために人を怖がらせる手法をうまく活用しているのは確かです。うちの妻なんて、その手法にまんまと引っかかって、初期の頃は本当に恐怖心にかられてずっとテレビを見ていました。そのうち「玉川さんがこう言っていた、ああ言っていた、政府の方針が玉川さんの言うとおりになっている」などと言うようになっていったのです。ところが、それに反旗を翻すような人たちが声を上げ始め、妻も「あれ? そうでもないないな。私の周りにはただの一人も感染者がいないけど、これはどういうこと?」と事実に気づいてしまったのです。その後、妻は急に、テレビは我々を騙している。まったく信頼できないと言い出して、どんどん陰謀論にハマっていったのです。「エコーチェンバー現象」の典型的なパターンですね。

自分のバイアスに無自覚な人たちはどこにでもいますね。

価値観押し付け? [雑感・日記・趣味・カルチャー]

"イギリス人が『朝食』をたくさん食べる理由とは?"

朝は食欲があまりないので、パンとコーヒーで済ましています。「老ける食事」だと言われているようですが、目玉焼きやソーセージなどを合わせて食べる気になれません。私も若いころイギリスやアイルランドでこういうサブスタンシャルな(ボリューミーは完全な日本語です!)朝食を食べましたが、そうすると午後3時くらいまでおなかがすかなくなり、それはそれで生活リズムが狂いました。

"自炊しろと価値観押し付ける「自炊警察」 その理不尽が生まれた背景"

私の教え子の女子学生の一人は、周りの人間に「マスクをするな」と言われたことがあるらしく、「迷惑だから、極端な考えを押し付けないでほしい」と憤っているものがいました。確かにパンデミックが始まった当初は森元総理なんか「私はマスクをしないでがんばる」などとわけのわからないことを言っていましたね。あれはマスクを拒否することが正義であるという価値観を陰に陽に他人に押し付けていたようなものです。いまは人通りのないところでもマスクをしないと嫌な顔をする老人があふれています。私はつねにその視線を浴びて暮らしています。このごろはまったく気にならなくなりました。とはいえ花粉症の季節が始まったら、マスク無しでは外出できなくなりますけどね。

彼らのような価値観を他人に押し付けるタイプというのは確かに問題ですが、「自分の価値観を私に押し付けるな」とホリエモンのように怒るのも「価値観の押し付け」そのものに思えます。もう少し他人に寛容になったほうがいいんじゃないでしょうか。私も以前、教室で自分の考えを述べたときに、学生から「自分の価値観を押し付けるな」と言われたことがあります。押し付けているんじゃなくて、「私はそういう考えですよ」と言っているだけです。「価値観を押し付けるな」という言葉を発するだけで、相手を黙らせようとするのは、それこそ価値観の押し付けであって、民主主義社会において許されるべきことではありません。大学の教員が自分の考えを述べずに仕事が務まるのでしょうか。意味が分かりません。反抗期の子供みたいに「価値観を押し付けるな」という価値観を他人に押し付けないでほしいですよ。

反抗期で思い出したのですが、コロナ禍で家族と一緒に過ごす時間が増え、家族に対する考えや態度が変わったという女子学生がいました。ちょっと前まで反抗期だったので、両親とよくケンカをしていたそうですが、親たちが子供のために奮闘している様子を見て寛容になったということです。私は、親というものは身近にいる価値観の違う人としてとらえたほうが楽になりますよ、とだけアドバイスしておきました。数年後彼女がどこかの会社に勤めるようになったら、そこで価値観が全く違う上司や同僚や顧客を相手にしなければいけないのです。従業員の立場で「押し付けるな」と相手を罵倒していると、まったく仕事になりません。親の小言に不快になることはあるでしょうが、それだって、さらりと受け流すようなことができるようになるための訓練だと思うようにすれば、親子関係は改善すると思います。

「価値観の押し付け」なんて言い出したら、何の話もできなくなります。自らコミュニケーションの断絶を求めているようなものです。それぞれが相手の考えを尊重できるような余裕を持たないと、ますます息苦しくなるだけです。

たしかにポテトサラダを作るのにはけっこう時間がかかるものですが、ジャガイモは電子レンジで温めてから茹でれば時短になります。「ポテトサラダなんか惣菜で買うな」とおじいさんに言われたとかいう話は本当なのかどうか怪しいと思っています。もしあったとしても世界でたった1つの事例から、いまどきの老人は云々という、典型的な世代論に話が飛ぶのはどうかと思います。「電通」のマーケティング的にはありがちですけど、さも私は裏を知っている的な発想は間違っていることが多い気がします。

小池知事「追い出しコンパなし、卒業旅行なしで」(日刊スポーツ) - Yahoo!ニュース

これも価値観の押しつけなんでしょうかね。都知事的にはそういうお願いをするのは仕事ですから仕方がありません。コメント欄には、高齢者の「不要不急」の外出も控えるように言ってほしいなんて書いてあって、いつものように呆れました。正義や道徳心を大切にするなら、「不要不急」という言葉の暴力性に自覚的になってほしいですね。

うちの妻はデパートで働いていますが、たしかに毎日お金持ちの高齢者で溢れかえっているそうです。暇だし、旅行に行けないので、有り余るお金を食べ物などにつぎ込んでいるんでしょうね。まあ、それはそれで社会貢献になっているのですから、目くじらを立てることではないでしょう。そんな高齢者がウイルスを撒き散らしているという発想は安易だし、あまりに過激すぎると思います。そう信じたい人は信じていればいいですけど。

関係ないですけど、MacOSをBig Sur 11.2にアップデートしました。昨晩、数回失敗して時間を無駄にしたのですが、今朝、セーフモードにして起動して、やっとインストールすることができました。アップルのサーバーは以前より弱くなったのかもしれません。

追記(9:53):今朝は5時起きで、朝早くから仕事をして6クラス分の成績を登録しました。残りは6クラス分です。今日中にはなんとか終わらせてスッキリしたいです。

追記の追記(13:00):さらに3クラス分の成績をつけたので、残り3クラス分になりました。今日中には終わりそうもないです。

追記の追記の追記(14:11):思ったよりはかどって、一気に片付けることができました。これにて今年度は終了です。明日から春休みだ! お疲れ様でした。