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中田敦彦「マクベス」 [本]



中田敦彦さんが語る「マクベス」は、もはや芸の域に達しています。まるで講談や落語を聞いているような感覚です。中田さんが参考にしている本は原作とは少し違うのですが、「マクベス」の大筋を理解するには最適な動画だと思います。


「サイゾー」って駄目だね [本]

前原誠司や蓮舫は台風19号の甚大な被害に何を思う? 災害対策費を大幅削減した民主党政権の悪夢|日刊サイゾー

民主党政権時の事業仕分けで、災害対策の予算を削減したことをやり玉に挙げ、民主党政権は悪夢だったと断じる「サイゾー」さん。安倍晋三が喜びそうな忖度記事を書いています。

「サイゾー」さんは八ッ場ダムが雨水を貯めたという理由で災害が起きなかったとネット民が称賛しているという理由で、それが事実なのかどうか科学的に検証されたわけでもないのにその効果があったと勝手に決めつけていますが、そういう無知な人を自分たちの都合の良い方向に意図的に誘導する姿勢はあまりに非知性的です。

「サイゾー」さんがいくら民主党政権を憎んでも、歴代の自民党政権の政策によって、地球温暖化が引き起こされ、水害対策が講じられず、また被害が拡大したこと、そして、事実上、安倍晋三が原発事故を起こしたことが無罪放免になるわけではないのです。

「(台風被害は)まずまずのところで収まった」と無慈悲な発言をした自民党の二階なにがしは、発言を撤回するのかと記者にしつこく聞かれて、いつものように偉そうに逆ギレしている様子が報じられましたが、それが自民党の本性だということを国民は心に刻んでおいたほうがいいと思います。

いずれにせよ、政治家というものは、与党野党を問わず、信頼できないということを前提に、国民はきちんと投票行動を行い、政治家や官僚にものを言うような国造りをしていかなければいけません。それが民主主義です。

マスメディアも、「サイゾー」さんのように自民党に任せておけば大丈夫のような姿勢を貫けば、無教養な国民と同じレベルになってしまいます。「サイゾー」さんもまた、ジャーナリズムという啓発的な役目を担っていることを忘れてはいけません。

私は「サイゾー」という雑誌は一度も買ったことはありませんが、この記事一つで、彼らのお里が知れてしまいました。恐ろしく頭が悪そうな人が読んでいる感じがします。私は今よりも頭が悪くなりたくないので(すでに十分悪いですからね)、絶対に読まないでしょうね。

堤防決壊、過去もほぼ同じ場所 「ハード対策」頼み限界 [台風19号]:朝日新聞デジタル

大規模な工学プロジェクト(堤防)だけでは、災害は防げません。そんなことはわかりきったことです。自民党の土建政治家がいくら日本を堤防で固めたからと言って、災害が完全に防げるわけではないのです。(いくら優れた武器をたくさん持っていても、無能な政治家によって戦争が引き起こされれば、多数の死者が出るのと同じです。)

日本は災害が多すぎる(ある意味、暮らしにくい)国なんですからね。住んではいけないところに、家を作らせないとか、山の畑である杉林(保水能力がほとんどない山)をきちんと管理するとか、これ以上温暖化しないように自然エネルギーを活用するとか、そっちのほうをしっかりやってこなかった自民党の責任が問われるべきですね。

台風19号被害拡大 災害頻発列島で疑問だらけの対策対応<1>|日刊ゲンダイDIGITAL

政治家にも問題はありますが、マスコミにも問題があり、さらに、災害が起こりつつあるのにも関わらず「正常化バイアス」にとらわれて、自分だけは大丈夫だと信じこむ傍観者としての一般市民の意識の低さも問題だと思います。日本は毎年どこかで大きな災害が起きる国なのですから、人々の意識が変わらないといけません。


「嫌われる勇気」 [本]



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この解説動画を見て、私は『恋はデジャ・ブ』(1993年)という映画を思い出しました。原題はGroundhog Dayです。映画評論家の町山智浩さんによると、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』の永劫回帰とか超人の概念をベースにしているそうです。アドラーの「幸せになる3原則」を体現できたら、もう一度生まれてきてもまったく同じ自分の人生を生きられる、いや生きることを望むことができる「超人」になれそうです。

こういう(ビジネスマンが好きそうな)心理学に影響を受けた直後には、「よし、がんばろう!」という気持ちになりますが、すぐに承認欲求と競争と他者に振り回される生活に逆戻りするのが常です。人間は弱い生き物ですからね。そうして、自分のことが嫌いになっていくものです。そういう弱い自分さえも受け入れられるのであれば、ニーチェの想定した「超人」になれるかもしれません。

映画の中で、ビル・マーレーが演じる性格の悪い主人公は、同僚の女性を好きになります。彼女にいくらアプローチしても釣れない返事しか帰ってこないことに彼は苛立ちます。女性がビルを嫌うのは、ビルがあまりにプライドが高く、傲慢で、自分勝手な男だからです。

ビルは翌朝、ベッドの中でひとり目を覚まします。目覚し時計を見ると、表示される日付が昨日と同じことに目を疑います。時計が壊れているのだろうと思いながらも、その日のスタートを切るのですが、昨日とまったく同じスケジュールで動くことになります。そして、次の日もまた次の日もまったく同じ一日を生きる生活が続きます。時間の円環の中に閉じ込められてしまったわけです。

最初のうちは、その奇妙な生活を面白がって、ビルはいろんないたずらをして遊ぶのですが、とうとううんざりして自殺します。しかし、次の朝、また生き返ってしまうのです。永遠に自ら自分の人生を終わらせることができないという、絶望すらできない人生です。

毎日同じことの繰り返しや、いたずらにも飽きたし、とうとう、やることもなくなり、子供の頃に諦めたピアノ教室に通い始めます。先生の方は毎日ビルとは初対面なのですが、ビルの方は日々上達しているので、そのたびに驚かされます。そうして、ビルは自分のピアノが日毎にうまくなっていくことに喜びを感じる日々を過ごすのです。ある日、自分が想いを寄せている女性を喜ばせようと彼女の前でピアノを弾きます。ビルはみんなを愉快な気持ちにさせることが楽しくなり、次第に女性とも打ち解け、彼女と結ばれ、ようやく閉じられた時間の円環の外に脱出することに成功するというストーリーです。

当初、ビル・マーレーが演じる主人公は、「こんな仕事は役不足だ。俺のような才能のある人間がやる仕事ではない」という傲慢な態度を取り続け、周囲を不快にさせていました。そうやって彼は自分を否定していたのです。今の自分は本当の自分ではないと。それは他人と比べたり、競争して、他人の基準で自分の人生の意味を計測する行為です。自分は他人に承認されていないとぼやいていたわけです。これこそが、他人の人生を生きるということです。

途中、ビルは、彼女の気を引こうとして、彼女の好きなフランス語の詩(ボードレールだったか、ヴェルレーヌだったか、マラルメだったかわすましたが)を覚えて、彼女の前で暗唱するのですが、それも相手に合わせるだけの人生です。相手を喜ばそうとしても、それでは自分の人生を生きているとは言えません。本当にしたいのは、彼女に自分のことを好きになってもらうことであって、フランス詩を暗唱できるようになることではありません。

ピアノを始めたビルは、自分がそうしたかったような人生を生きることのみに集中し、他人の価値基準なんかどうでもよくなります。その時点で、アドラーに言わせたら、「嫌われる勇気」を持ったということになるのでしょう。自分自身を喜ばせることを純粋に追求したからこそ、他人を喜ばせることもできて、自分の人生を生きることができたと言って良いと思います。そういう人間が「超人」です。

「嫌われる勇気」というタイトルは、誤解を与えそうなタイトルだと前々から思っていましたが、けっこう誤解されているのではないでしょうか。アドラーの考えだと、傲慢になって、他人に迷惑をかけて、嫌われることを気にするなという意味ではないはずです。『恋はデジャ・ブ』の中の最初の頃のビル・マーレーみたいな傲慢な人になりなさいということではないでしょう。動画の中で取り挙げられているホリエモンは、初期のビル・マーレーのようにひたすら傲慢なだけです。この本は、ああいう人になってはいけないという本だと思います。まあ、読んだことがないのでわかりませんけどね。それに、読まなくても中身が想像つくので、読むつもりもありません。

朝っぱらから、家族が私に留守番をさせ、どこかに買い物に行っておりました。昼過ぎに、私がキーボードの練習をしているときに、彼らが帰ってきました。ドアを開けて、ピアノの音が聞こえた瞬間に、妻はため息をつきました。彼女は、朝目覚めるとため息をつき、私が仕事から帰ってくると、またため息をつきます。私がやる気を失う原因は彼女にあることは明白です。しかし、そういう迷惑な人に振り回される人生は金輪際、きっぱりと捨てます。

春休みには、どこかに行こうかと思っていたのですが、どこにも行く気がしなくなりました。妻は、図書館から『るるぶ』の奈良や京都編を借りてきました。誰かと旅行に行くつもりなのでしょうか。きっと私は留守番でしょう。万が一、「いまどこか行きたいところはない?」と誰かに聞かれたら、「そうさね、あの世に行きたいなあ。行ったことがないので。」と答えるしかありません。聞いてくれる人もいないので、そういう言葉をかわす可能性はゼロに近いですけどね。






こういう地獄に行ってみたいですね。





私は桂吉朝さんのが一番好きですね。師匠たちはみなさん天国で安楽に暮らしておられるのでしょうね。

『文部省著作教科書 民主主義』 [本]

うちの犬は、かわいがりすぎたせいで、私と同じように糖尿病になってしまいました。ここ1週間、治療のためにインスリン注射をしています。かわいがらないほうがよかったのでしょうか。

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使用済みの注射針です。医療廃棄物なので、病院に持っていかないといけません。

今朝、注射を打った直後、暴れだして、危うく針を体の中に残しそうになりました。慌てて引っ張ったら、針が折れ曲がり、肝を冷やしました。

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朝と昼に食べている自作のパンです。大豆粉と全粒粉をそれぞれ25%ずつ使っています。残りは激安な業務スーパーの強力粉です。今回は水の代わりにすべて豆乳にしました。少しでもタンパク質の量を増やすための工夫です。

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今年最初に買った本です。先月買ったのですが、内容が重たいので、なかなかページを開く気力が起きませんでした。

この本は昭和23年と24年、つまり戦後すぐに、文部省が日本国民に民主主義を教えるために書いた民主主義の教科書です。もちろん復刻版で、いくつかの出版社から出ています。

「読み終えて、天を仰いで嘆息した」という内田樹の帯がついており、目を惹きます。内田先生による「解説」もついているので、この版を選びました。

戦後70年以上経っているにもかかわらず、民主主義というと多数決で決めることだと信じている自民党の国会議員や、政治に無関心な日本国民はかならず読む必要があります。百田尚樹のインチキ歴史本はただちにゴミ箱に捨てて(森羅万象担当大臣に就任した安倍総理の本棚にもあるそうですね。きっと読んでいないでしょうけど。)、この本を読んだほうが、自分のためにもなるし、日本のためにも、世界のためにもなります。安倍や百田のためにはなりませんけど。

わかりやすい言葉で書かれているので、(必修科目で成績もつけられるようになった)「道徳」の時間に使うのも良いと思います。授業で、生徒たちに毎回数ページずつ読ませて、内容について議論させるだけではなく、民主主義を破壊している自民党議員の言動についてレポートを書かせ、それらをまとめて国会議員にどさっと送りつけるのも、民主主義を維持・発展させるために良いでしょう。作文の勉強にもなります。もしその行為を政治家が批判したとしたら、その政治家は民主主義を維持発展させようとはしていない独裁主義を信奉する者と認定できます。次の選挙で落とすべき議員ということです。そんな「ふるい」代わりにも使えそうです。

この本は、冒頭からガンガン飛ばしています。一般に民主主義を政治制度と考える傾向が高いと思いますが、民主主義の本質は、精神のあり方だと言っています。それを理解しないと始まりません。民主主義の精神とは、自分を尊重し、かつ他者を尊重する態度であって、権力者に唯々諾々と服従するというこれまでの考え方を改めることだと主張しているのです。

ふだん私が考えていることと寸分も違うことがないもので、内田先生とは違って、冒頭の十数ページを読んだだけで、「天を仰いで嘆息」する羽目になりました。というか、私の場合は、天井でしたが。いかりや長介ではないですが、そのあとに、「だめだこりゃ」が続きました。

自民党の政治家ばかりではなく、自民党に媚びへつらう自称「公僕」の官僚たちにもぜひ読ませてやりたいものです。


Fact [本]

アマゾン「売れているビジネス書」ランキング | Amazon週間ビジネス・経済書ランキング | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

こういうものはすべてアマゾンのレビューを読めば、読んだ気持ちになれるので、お金を使わずに勉強ができて便利です。

レビューから想像するに、基本的には実感と事実はずれるという話が書いてあるのでしょう。人間はさまざまなバイアスをもって物事を認識するので、人間の実感が事実を正確に反映していないのは当然のことです。若者の犯罪率が上がっているとか、外国人の犯罪率が高いとか、高齢ドライバーの事故率が増えているとか、ゲームやギャンブルをする人に犯罪者が多いとか、なんとなく思っている人が多いかもしれません。だいたいは、その実感はデータとずれています。事故率は高齢者よりも若い人のほうが高いし、犯罪率は日本人のほうが高いはずです。人間というのは、そういうものの見方をする愚かな生き物なのです。

しかしながら、事実というのは、誰かが事実認定したものです。それすら、真実かどうかわからないのです。事実(fact)と真実(truth)は、日本語では字面は似ていますが、中身はまったく違うものです。factは、factoryやmanufactureと同じ語源です。factは「作る」という意味ですから、作られたものがfactです。誰が作ったのか、authorityが曖昧なのです。責任者がいないということです。事実だからといって100%正しいわけではなく、安易に信じられるものではないのです。統計の大きな落とし穴です。真実は、authorityが明確です。ユダヤキリスト教的な文脈では、そのauthorityはGodに帰されます。

日本で行われる事実関係をめぐるさまざまやりとりの中で、非常に不満に思うのは、事実と真実の違いを認識していない人が(たとえば安倍総理!)、これは事実ですから、間違っていませんと断言することです。事実には間違いがある可能性があります。結局は、そのautorityはどこかの愚かな人間たちにあるものなのですから。


FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

  • 作者: ハンス・ロスリング
  • 出版社/メーカー: 日経BP社
  • 発売日: 2019/01/11
  • メディア: 単行本



このランキングを下までずっと見ていったのですが、うーん、読みたくなるようなタイトルがないですね。『鎌倉資本主義』というタイトルには一瞬ビクッと反応したのですが、残念ながら、鎌倉時代の話ではないようです。仲良しグループの内輪話みたいです。


家をセルフでビルドしたい 大工経験ゼロの俺が3LDK夢のマイホームを6年かけて建てた話

家をセルフでビルドしたい 大工経験ゼロの俺が3LDK夢のマイホームを6年かけて建てた話

  • 作者: 阪口 克
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2018/11/30
  • メディア: 単行本



もしいま読む本がなくて困っているとしたら、ビジネス書ではないですが、私だったら、こういう本を買うでしょう。自分(たち)でなんとかするというの私の好みです。『大草原の小さな家』を見て育った世代ですからね、私は。著者の職業は写真家で、秩父に土地を買って、大工経験がないのに、DIYで6年も掛けて、試行錯誤で家を建てたそうです。先日J-Waveで彼のインタビューが流れているのをクルマの運転中に聴きました。途中までしか聞けませんでしたが、面白い方のようです。やってみて、自分の失敗に気づき、それを修正したり、修正できず、そのまま放置したり。自分一人でやる場合は、たいていそういうものです。でも、それが楽しいです。そういう楽しみがわかる人とは、私はお友達になれそうです。

「狂ったアメリカ」 [本]

日本人は「狂ったアメリカ」を知らなすぎる | 読書 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

著者は、アメリカを、反知性主義の狂った国とし、自分たちが信じたいことを信じたいように信じる権利があるとさえ主張するフェイク国家だと喝破する。以前から、同じような主張の本が出版され続けており、私も1冊だが読んだことがある。アマゾンで「反知性主義」「アメリカ」で検索してみると、多数ヒットするので、チェックしてみてほしい。この考え方は、もはや通説になっているように私には思える。

トランプを大統領にしたのは無教養なアメリカの中央部に住む野蛮な土人たちで、オバマを大統領にしたのは、東海岸や西海岸のリベラルなエリートだというのはよく知られている。好意的に言うならば、この2つのアメリカの対立の中で、あの連邦国家はダイナミックに発展しているのかもしれない。

そんなアメリカが生み出したファンタジー(幻想)の世界に洗脳され、洗脳されていることさえ気づいていないのが、我々日本人である。

百田尚樹氏が立憲民主党に痛烈な批判ツイート「韓国の政党」 (2019年1月17日掲載) - ライブドアニュース

この百田尚樹もまた、アメリカの生み出すファンタジーに酔い続けている反知性主義者だ。頭はすっかり禿げてしまっているけれども、ディズニーランドで着ぐるみのミッキーマウスを現実の存在として受け入れ、自身もまたミッキーの耳を頭につけてランド内を闊歩するような少女と同じような幼い精神を持っている。人は見かけにはよらないのだ。

百田尚樹は「立憲民主党は日本人の皮をかぶった韓国の政党である」と批判したそうだ。立憲民主党という政党の考えをはっきりと理解しているわけではないので、私には代弁する資格はないけれども、立憲民主党の考え方はある程度推察できる。彼らは、韓国も日本もいずれも精神的に幼い。自分たちの幼さに対する自覚がなければ、反知性主義のアメリカに、ずる賢く利用されるだけだ。我々は大人にならなければいけない。そんなところだろう。私は、そういう考えの人もいて良いと思うし、いなければいけないと思う。

日本人なら誰でも、自分の住んでいる国家を攻撃するものに対しては、必ず反撃をしなければいけないと考えなければいけないわけではないだろう。国民がすべて同じ考え方に染まることを理想とするイデオロギーを全体主義というが、それはヒトラーやムッソリーニやスターリンが広めようとしたナチズムやファシズムと同じものだ。人を一つの色に染めようとする考えは、数十年前に人類が克服したはずのイデオロギーである。

しかし、乗り越えたはずの全体主義は、中国や北朝鮮の共産党が体現する形で残存しており、百田尚樹らの劣った心の中にしっかり根付いてしまっている。百田らは、アメリカを支持し、中国や韓国を敵視する。その考え方自体が正しいのかどうかさえ疑わない。自分が正しいと思いたいことをただ正しいと主張するのである。これこそ反知性主義者の狂気である。

実際のところ、左翼を批判する百田らが体現しているのは、逆説的だが、左翼である中国や北朝鮮の共産党の考え方である。したがって、アメリカのファンタジーの傘の下では、勇ましい右翼に見えるかもしれないが、その見えないカツラを脱げば、彼らが軽蔑する「パヨク」そのものなのである。クレージーでマッチョなアメリカに、お股を広げて、心まで許しているだから。


『新書アフリカ史』 [本]

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これは、新書であるにもかかわらず、1800円(税別)と高額で、776ページもある恐ろしい本である。辞書か聖書かと見紛うほどの重量を持つこの本を手に取った人は間違いなく、一般的な新書の3倍の厚みと、その重みに驚愕するだろう。これほどのものは、さすがに一人で書くのは無理だろう。数えてはいないので、正確な人数はわからないが、10人以上のアフリカの専門家たちの文章を編纂したものとなっている。

初版は1997年だが、それ以降の20数年間のアフリカの変化を扱った数章が追加されている。この改訂版が出たのは2018年の11月20日。20年前の本の焼き直しとはいえ、ページから湯気が立つほどのできたてホヤホヤに思える。今読んでも内容が新しい。

実は、去年の12月末に友人に紹介され、すぐさまアマゾンに注文したのだが、小包を開封する前から、横綱クラスの厚みと重量に恐れおののいて、正月になるまで開封すらしなかった。そんな畏れを克服し、ようやく半分ほど読み進めることができた。まだ半分も残っているが、これからちびりちびりと楽しみながら読んでいこうと思う。

内容を簡単にまとめると、アフリカの歴史をポストコロニアリズムの観点から(「ポ」の字も出てこないが!)読み解くというもの。ポストコロニアリズムというのは、第二次世界大戦後に、植民地主義あるいは帝国主義の終焉(本当に終わったの?)を受けて、どのように世界の状況が変わったのかを研究する学問だ。1990年代に広まった考え方である。私はその思想をダイレクトに吸収した世代である。

本書は、アフリカ大陸における人類の誕生と進化という理系的な話から始まり、大陸の中で発生したさまざまな民族がダイナミックに移動・交流していく様子、さらにアフリカがイスラム商人たちと対等な立場で貿易・文化的交流をしていた頃の文明的なアフリカの状況を経て、西洋人たちによって侵略され、アフリカ人が野蛮人扱いされ搾取される時代の話が丹念に描かれる。

アフリカを武力でねじ伏せ、領土を分割した西欧列強は、その野蛮な侵略を正当化するために、「俺たちは野蛮人たちに民主主義を教えてやったとか、無政府状態や相互殺戮から救ってやったとか、インフラを整備してやった」などと、西洋がアフリカにさまざまな恩恵を与えたと恥ずかしげもなく主張した。いったいどちらが野蛮なのだと私は言いたい。

この歴史を見るにつけ、我々日本人は、自分たちのことを思い起こす。70数年前、日本は西欧列強に伍していくためにアジアを侵略し、植民地化していった。西洋列強と同じ論理で、「われわれ優秀な日本人(名誉白人!)が遅れたアジアを文明化してやったのだ」と現地の声をかき消す音量で夜郎自大に唱えたのだ。自分たちのなわばりを犯す日本を煙たがる西洋列強は、日本を敵視し、そして見下し、結果的に、アメリカが日本を原爆を使って叩き潰してしまった。

そうして、現在のニッポンはアメリカの属国になってしまったわけである。ぼーっと暮らしている一般の日本人にはわからないらしいが、アメリカはニッポンを柔らかい形で、植民地として占領しているのだ。日米地位協定という、日本国憲法よりも優先される秘密の協定により、米軍が日本を統治し、日本本土は、沖縄を支配している。右翼の日本人としては実に情けない状況が、そして、アメリカの恐るべき実像が、このアフリカ史を鏡にすることで、鮮明に映し出されるのである。外国人に無防備に股を広げて体を許す安倍総理が、いかに左翼的かわかるだろう。

この本は、そういうことを考えるきっかけになる一冊である。気になったら、書店でちょっくらごらんなさいまし。内容も重たいですぞ。非知性的なビジネス書(資本主義と不可分な植民地主義に毒された本!)ばかり読んでいることを恥ずかしくなること請け合い。

追記:「ポストコロニアル」という言葉が、690ページで使われていることを発見。新たに追加された最終章(18章)の中にあります。その用語は索引にも登録されていないし、前半ではまったく出てきません。

松田ゆうさんによる解説:八甲田山死の彷徨(ほうこう)新田次郎著 [本]



松田ゆうさんによる原作と映画の解説。ゆうさんは、話が上手なので、映像が浮かびます。本業はイラストレーターですから、言葉で絵を描くのが達者なのでしょう。私は映画の方だけを見たことがある程度で、原作は読んだことはありません。話を聞いているうちに、読んだ気分になってしまいました。でも、いずれ読んでみようと思います。

新田次郎といえば、『劒岳 点の記』も『富士山頂』も『アラスカ物語』も彼の作品だったのですね。前者2つの映画は、観たことがあります。

日本人にとって決定的に欠如している力は論理的思考能力だ [本]

東大生が感動した「東大で使う教科書」3選 | 学校・受験 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

『「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく 東大読書』の著者で、現役の東大生である西岡さんは、この文章を読む限り、信用できる人だと思う。彼は論理学の難しさを知ったという話から書き起こしている。まさに、日本人にとって、決定的に足りない力は、論理的思考能力だ。自民党の政治家たちを見れば、誰一人、論理的に思考していると言える人はいない。みな馬鹿ばかりだ。彼らには、西岡さんの本や、野矢さんの本を時間をかけて読んでもらいたい。その時間を与えるには、まず全員選挙で落選させてやらねばならないだろう。



「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく 東大読書

「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく 東大読書

  • 作者: 西岡 壱誠
  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2018/06/01
  • メディア: 単行本



佐藤雅也『ジャカソロを誰でも弾けるようになる本』 [本]

佐藤雅也さんの『ジャカソロを誰でも弾けるようになる本』の練習を再開。

「ハッピー・バースデイ」の楽譜はよかったですけど、「クレージーG」はわざと余計な音を入れて難しくしているのが嫌ですね。

音楽大学を出ている人にありがちが見栄じゃないでしょうか。YouTuberの「あわたゆうさく」さんも同じようなところがあります。

この本を買う人の多くは、ライブで演奏して、ドヤ顔することを目指しているわけではなく、単なる手慰みのつもりで練習しているのですから、もう少し初心者に配慮していただきたいものです。

前作の『メロディ→伴奏→ソロの3ステップ方式でソロウクレレを誰でも弾けるようになる本』も難しすぎて、私にはどうもなりませんでした。



03 ルージュの伝言 ゆっくり




1 07 ラストクリスマス ゆっくり






メロディ→伴奏→ソロの3ステップ方式でソロウクレレを誰でも弾けるようになる本(CD2枚付) (リットーミュージック・ムック)

メロディ→伴奏→ソロの3ステップ方式でソロウクレレを誰でも弾けるようになる本(CD2枚付) (リットーミュージック・ムック)

  • 作者: 佐藤 雅也
  • 出版社/メーカー: リットーミュージック
  • 発売日: 2013/04/18
  • メディア: ムック