知らなくてもいいことを知ったがために、世の中がつまらなくなる。そういう状態を開高健は「知恵の悲しみ」と呼んでいます。わかります。

ハレがなくなり、ケばかりになるわけです。

だからといって、三島由紀夫のように絶対者が必要だなんてしょうもないことを、「かいた?かけん」は書きませんでした。