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想定しなかったことの責任 [雑感・日記・趣味・カルチャー]



「自分の頭が壊れてる「格納容器が壊れるのは1億年に1回」の大橋弘忠」というタイトルはすごいですね。

レベルの低い科学者は技術的な面からしか考えない癖が身についているけれど、政治的な側面も考慮に入れなければいけないということを教えてくれる動画ですね。

「原子力ムラ」の人々の能力はあまりに低すぎて、原発事故が起きることが「想定外」だったから自分たちは許されるというのはあまりに無責任であって、想定しなかったことの責任を取るべきでしょう。

想定と事故の関係を4つのカテゴリー(象限)に分けると、次のようになります。

1.想定しておいたので、運良く事故が想定内に収まった
2.想定しておいたが、運悪く事故が想定内に収まらなかった
3.迂闊にもそこまで想定しなかったが、運良く事故が想定内に収まった
4.迂闊にも想定しなかったせいで、運悪く事故が想定内に収まらなかった

「原子力ムラ」の人たちは、2ではなく、4でしょう。2なら許さなければいけませんが、この動画を見る限り、確実に4です。言い逃れは出来ません。

まさに「メルトダウンは1億年に1回しか起きない、安全なのだ」と断言しているのですよ。彼らがいかに傲慢で愚かがよくわかりますね。



大橋弘忠氏は「水蒸気爆発が起きることは、夢にも考えていない」と「いい加減な根拠で」述べていますね。



斑目さんは、原子力発電について、「あんな不気味なもの安心できるわけないじゃないですか」と笑顔で述べていますね。ため息しか出ません。「原子力は儲かるんですよ。最後はお金でしょ」ってすごいですね。我が家の地下に埋めるのに1000兆円出してくれるなら、喜んで処分場になりますよ。20坪以下の土地ですけど。




児玉龍彦氏は、科学者として、正論を述べておられます。危険なものは危険と言う。政治家のように利害関係の調整をすることは不必要だと。一方、政府が決めたことは政府に従えということ山下俊一氏は主張しています。いやはや。



すごいねえ。この人は、安倍総理よりも馬鹿かもしれない。専門家の中にもいろいろいるということがわかりますね。



20ミリシーベルトの放射線を浴びても、0.5%しか癌になる人は増えないと御用学者の中川恵一氏が言ったそうですが、200人に1人も癌になるというのであれば、たいへん大きな数字です。そういう、ごまかしが、国民の不安をなくすために、というか国民の批判をかわすために、当時は横行しましたね。

旧民主党の枝野官房長官が繰り返し発言した「ただちに大きな影響はない」が強く耳に残っていますが、あれほどインチキな言葉を流しまくり、だれも非難しなかったことは許せませんね。我々は「あとで大きな影響が出る可能性があるという意味ではないですか」とはっきり問い質す必要がありました。当時は情報が錯綜していましたし、知識もなかったので、放射能はそれほど恐れるべきものではないというNHKの水野解説委員に私はころりと騙されましたね。私は彼の書いたインチキ本を読んでしまいましたよ。放射線は医療の現場などいろんな場所で使われているし、我々の生活を支えるために不可欠なものであるし、世界には放射線量が高いところもたくさんあり、恐れるべきではないという内容ですが、あまりにもひどい目くらましでした。地震や自然災害の多い日本列島であるにもかかわらず、原発を建てまくっている日本に暮らす人間として、原発の問題を等閑視し、放射線についての知識もほとんどなかったことに、いまさらながら悔しさを感じます。

とにかく、責任の取りようのないことに対しては、手を出さないということが人類として重要なことだと思います。原発がある場所に暮らす人々も、「田舎には仕事がないのだから、仕方がないべさ。原発があるおかげで俺たちは暮らしていけるんだ」などとおっしゃるお気持ちはわかるのですが、そうは言っても彼らが原発事故の責任を取るのは不可能なのですから、その発言は無責任だということを認識すべきでした。もちろん、政府や原子力ムラを監視し、電力会社に原発を止めさせることを怠った我々一般庶民のほうが責任が重いと私は思います。