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躾とは他者へのリスペクトを育てること [雑感・日記・趣味・カルチャー]

子どものしつけ、「厳しくすればちゃんできる」は間違い!?(LIMO) - Yahoo!ニュース

日本では躾(しつけ)は厳しくするのがいいという風潮があるようです。特に、右翼的思想を持つ人たちの中には、その傾向が強い気がします。しかし、そのような乱暴な教育方法は、子供の自主性を育まないし、引いては国民を悪い方向に進めてしまいます。

以前、公共の場、特にショッピングモールなどで、人目も気にせずガミガミと怒鳴り散らす母親をたまに見かけました。ああいう行為は見ていて不快感しか与えません。次世代の日本を支えてくれるかわいい子供に対して、口汚い言葉で、「てめえが、ちゃんと言うことを聞かないから悪いんだろ!」なんて言って、頭をボカッと殴って、子供を泣かすような若いヤンキー母ちゃんが以前はよくいました。

基本的に、教育というのは、自分の頭を使って考えることができるように育てることです。目上の人の命令を唯々諾々と聞くだけの人間を育てるのではありません。もちろん、他者に対するリスペクトを育てるのは大事です。だからといって、他者をリスペクトすることを強要する行為は、その人をリスペクトしていないことになります。

リスペクトというのは、日本語の「尊敬」の含意とは違います。リスペクトは相手の存在やその人の持つ価値を認めるということです。特別な能力を持つ人を称賛するけれども、取り立てて称賛すべき才能がない人に対して、それを理由に貶めたり、差別したりするのであれば、その人は他者をリスペクトできない人です。差別主義者の国会議員である杉田水脈はその典型的な例です。

リスペクトの姿勢を身につけるためには、自分の頭で考えることを許す環境が絶対的に必要です。頭ごなしに、ガミガミ怒鳴って調教するのはDV(家庭内暴力)でしかありません。恐怖や不安や怨念などのネガティヴな気持ちしか育ちません。

戦時中の教育は、暴力装置として機能していましたが、醜い差別主義が蔓延する「みっともない国」である日本に暮らす人々は、そろそろその装置の重大な欠陥に気づくべき時でしょう。このまま害虫を放置していると、ますます「みっともない国」になっていきます。