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老後の概念を捨てると得られるメリット? [雑感・日記・趣味・カルチャー]



私は50代ですが、自分のことをすでに「老人」だと思っているので、「老後」を生きているようなものです。つまり、いつ死んでもいいという気持ちで生きているということです。今日死のうが、明日死のうが構いません。悔いはありません。さっぱりしていていいじゃないですか。

100歳まで生きるなんて言っているがめつい人がいますが、そんなに長生きして何が楽しいのか私にはわかりません。後期高齢者になったら、薬漬けになって、週に何回も病院に通ったり、定期的に入院したり、手術を受けて、痛い思いをするのでしょう。そんな状態になってまで生き延びようなんて虫が良すぎます。

このまま生きていても、65歳にならないと年金はもらえないし、もらえてもごくわずかです。雀の涙ほどの年金からさえ税金が天引きされ、生活保護以下の生活を送らざるを得ないのははっきりしています。明るい未来はないのです。

逆に言うと、残りの人生の中で今が一番幸福な時間なのです。長生きすればするほどますます不幸になっていくはずです。

「老後」の概念を捨てる前に、さっさと死んだほうがいいんです。そんなふうに意識の転換をすれば、いいことがあります。最大の恩恵は、将来不安が消えることです。開き直って生きられるので、他人に迷惑をかけようが、気にしなくなります。煩わしいことからは逃げまくり、好きなことだけして生きていこうという覚悟が決まります。

私が今資格を取ることに専念しているのは、将来不安から逃れるためでもありますし、また、将来のことを考えずに、いまこの瞬間に集中するためです。

私にとっての「老後」というのは、働けなくなって、年金をもらって、誰かのご厄介になるような人生を送る期間ではありません。今こそが私にとっての「老後」です。

うちの犬も私と同じ病気です。妻が今日動物病院に行って検査を受けさせてきました。無関係な心臓まで検査をして、無駄にお金を巻き上げられてきました。医者によると、症状が悪化しているので、もっとお金のかかる療法をに」変更すべきとのこと。そんな報告をした妻に私は、生き物は未来永劫生きるわけではないし、薬漬けにしてヘロヘロになりながらも生き延びさせるなんてことは人間のエゴ。死ぬなら今死んでもいいと思っている」と言っておきました。それは私自身にも当てはめたい生命観です。そういう運命なのですから、受け入れるべきです。この無常観は、儲けるために患者を長生きさせようと考える医者にはわからない気持ちかもしれませんね。



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