SSブログ

【ゼロから学ぶ精神医学①】精神疾患とは何か? [健康・メンタルヘルス]



社会的な不運の連続と心身相関。遺伝だけの問題じゃないんですよね。

なぜ健康法は意見が割れるのか?エビデンスにも信頼度のランクがある

「納豆食べられる?」と尋ねる前に 日常に潜む無意識の攻撃

この記事は、まさにわが意を得たりという思いで読ませていただきました。

自分が普段「マイクロアグレッション」にさらされているのでよくわかります。相手は何とも思っていないんでしょうけど、私も外国人からのしょうもない質問にいちいち傷ついてきました。だからこそ、私の周りにたくさんいる外国人や「ハーフ」の人たちを自分たちとは違う存在として見ることをしないようにしています。

そういう意識がない人は、彼らに対して無自覚に無神経な質問をするものです。聞いていて本当に不愉快になるのですが、だからといって彼らの言動や考え方を正していくことは私の義務ではないので、黙っているだけです。

はっきり言って、彼らは思い込みが激しいというか、視野が狭いんですよ。

小学生のうちから、英語で「どこ出身ですか?」「英語を話せますか?」などという英語を覚えて使うことを強制されるからこそ、日本人は当たり前のようにそんなしょうもない質問を相手にぶつけてしまうのです。「日本語は話せますか?」「納豆は食べられますか?」など、言われた側にとっては差別されているように感じるはずですが、そんな質問をしてしまう日本人には差別意識はないらしいです。馬鹿なんでしょうね。

私も外国に滞在していた時に何度も「どこ出身なのか」なんて聞かれ、うんざりした経験があります。私は日本列島を背負って歩いているわけではないのですよ。なぜ日本人だから、日本に詳しくないといけないのか、俺は日本人の代表じゃないですよ。

それと同じで、たとえば、相手がインド人だとして、その人がインドの代表みたいに感じて、その人の言うことなすことすべてが「インド人」の典型であると決めつけたとしたら、その人は非常に不快に感じるでしょう。私は何度もそのような経験を受けているので、そういう思い込みは捨てています。

私は日本に在住するだけの一個人に過ぎないのであって、日本の専門家である必要はありません。彼らもそうです。

むしろ、なぜ私が日本人だからと言って、日本のことを質問してくるのか理解できない、日本人だからといって、日本のことに詳しいわけではないのだから、そんなことをいちいち質問してくるというのは、国民国家を前提とする近代主義の残滓にすぎず、いまはそういう時代ではないのだよ、と教えてやりたい気持ちです。



共通テーマ:健康