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ありがとう 松本零士先生『劇場版 銀河鉄道999』期間限定公開 [映画]



この映画が公開されたのは1979年ですから、私が9歳の頃です。この映画には悲しい思い出があります。

小学4年生の頃ですが、地元の市営体育館でこども映画上映会があり、1年遅れで田舎の子供達に格安で見せてくれるという機会がありました。

私も喜び勇んで当時の親友と一緒に観に行く約束をしました。体育館までは子供の足では歩いて30分ほどかかるところにあり、私と親友はバスに乗っていくことにしました。バス停で待っていると、私たちの前にぎゅうぎゅうづめのバスがやってきました。当然止まってくれると思ったら、なんと乗車拒否に遭ったのです。唖然としながら、去って行くバスのお尻を見守りました。バスに乗車拒否をされたのは、あのときが最初で最後です。あれ以来私はバスが大嫌いになりました。いまもバス嫌いは治っていません。

無人のバス停で、同じ悲劇を味わう友達とこの悲劇を嘆いても埒(らち)が明かないし、バス会社に苦情を入れるわけにもいかないので、映画の鑑賞券を握りしめ、ふたりでトボトボと歩き出しました。私は私の親に車で連れていってもらおうという提案をしたのですが、友人は歩いていこうというので、彼の意見に従ったことを40数年ぶりに思い出しました。

歩いている間、どんな会話をしたのかまったく思い出せません。さすがに無言だったと思います。情けない気持ちでいっぱいだったはずだからです。

体育館に到着するとすでに、上映は始まっており、真っ暗な会場にはたくさんの子供達が床の上に体育座りをして食い入るように見ていました。そのときすでに上映開始から20分以上過ぎた頃でした。近くに知り合いもいないので、どういう話なの?とも聞くことができません。結局、何が何だかわかりませんでした。

その映画に40数年ぶりに再会できました。やはり最初から最後までまったく見た記憶がありませんでした。(だからといって私が見た映画は1981年公開の『さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅』だったなんてオチはありません。その頃はあの親友とは別のクラスになり、疎遠になっていました。)ただ、主人公の星野鉄郎の顔がテレビアニメ版よりも格好良く、強烈な違和感を覚えたことだけは覚えていました。(同じ時期に親と一緒に映画館に見に行った黒澤明の『乱』はけっこう覚えていたのに、なぜでしょうね。)

率直に言って、この映画版はアクション映画みたいで、人間ドラマが希薄です。しかしながら、テレビアニメ版を見ていて謎だったのが、これを見たら、「そうなんだ」とすんなり理解できてしまいました。見なかった方が良かったのでしょうか。

終盤に人間は死ぬからこそ、一生懸命生きようとするんだ、というセリフがあります。人間ドラマの積み上げがあまりないので唐突な感じがしますし、当然でしょうが、その言葉の意味を子供の私には理解できなかったはずです。

最初は機械の体を手に入れようという鉄郎の旅の目的が、旅の中で、生身の体を捨て、機械の体をただで与えてくれるような星なんか破壊してやると言って考えが変わって行くところは今の私には面白いと思いますが、これもまた私と同世代の子供たちにも理解できなかったでしょうね。しかし、この映画は、AIに仕事が奪われるぞと言って不安を煽っているアホな現代人の頭を冷やす効果が期待できると思います。やはり機械と人間とでは決定的に何かが違うのですよ。その違いがわからないというのであれば、あなたはすでに人間ではないのでしょう。

弁護士、会計士、教師、医師…「第4の波」でAIに取って代わられる仕事とは | マネーポストWEB

大前研一氏によると、士業は全てAIに取って代わられるとのこと。始業ではないですが、教師なんか1人で十分だそうです。大前氏は民主主義がわかっていないのでしょうね。彼の予想は当たった試しがないので、まったく信用できません。私は20年以上前に、この人の本を読んだこともありますし、彼が出演するテレビ番組を見ていたこともあるのですが、振り返ってみると彼の予想はことごとく外れです。こういう老人は相手にしない方がいいです。不安を煽って商売するタイプの典型です。おそらく教師や弁護士よりも先に、彼みたいなインチキ評論家のほうが消えてしまうと思います。危機感を覚えるべきなのは、知ったかぶりで、そこの浅い大前氏の方です。




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