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縄文時代ならすでに死んでいる年齢だ [資格・学び]



哲学は学生時代にいくつも授業をとったし、自分でも高校時代からたくさん本を読んできたし、でも、それでお気楽な人生を歩めるようになったかと言うと、その逆でした。逆効果になることが多いので、幸せになりたいことを優先する人は、哲学なんかやめた方がいいと思います。

そもそも哲学というは、知ることを愛するという意味ですから、どうして(how)とか何が(what)
を探究することそのものです。もともとは始原そのものを探究する学問だったので、それが科学へと発展したのです。サイエンスの語源は知ることであり、哲学の枝の部分です。哲学が幹です。西洋人が常識としているようなこの基礎の部分さえ知らない人が抱く哲学は哲学ではありません。

いずれにせよ、ものごとを探究すればするほど、深みにはまって抜け出せなくなり、にっちもさっちも行かなくなるものです。わかったつもりにはなれないということは不幸です。認知症の人は幸せなんだそうですが、ボケられないということは、畢竟、不幸であるということです。

私個人の意見ですが、嫌なことがあったら、「自分は縄文時代ならすでに死んでいる年齢だ。生きているだけましだろう」と考えるようにしています。それは哲学からはかけ離れています。単純に視点を変えているだけです。その程度で十分です。哲学はそんなに甘いものではありません。






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