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治療・治癒のイメージについて [健康・メンタルヘルス]



AからBへ移行するというような単純な図式ではなく、あみだくじのようにいろんな選択肢があると考えられるようになったら治癒していると言えるのだそうです。非常に面白いです。

それで思い出したことを書いてみます。

世の中には無数のビジネス書、自己啓発本があります。私は大嫌いなので絶対に読みません。中でも最悪なのは、『40代までに○○をしておけ』とか『~しなかった人の末路』みたいな不安をあおるタイプのものです。商業的には成功するのかもしれませんが、人間をダメにするクズ本です。自己啓発本と言うより、他者の人生を狂わせる本です。害にしかなりませんから、絶対に読んではいけません。

あの手のタイプの書籍に通底しているのは、1本道の「白黒思考」です。それは著者自身が理想と考える道を読者に押し付けるような時代遅れな発想です。潜在的には、いろんな選択肢があるし、それぞれに価値があるはずなのに、自分が理想だと思っているものこそが正義であって、それ以外の選択肢を選んだ奴はダメ人間だとレッテルを貼るのです。その発想は、世の中にはゼロか百しかないという料簡の狭さの反映です。昔々、「勝ち組」「負け組」という言葉が流行し、他人をコントロールするという意味においてマーケティング的には成功しましたが、哲学的な観点から見れば、愚劣極まりない、唾棄すべき思考です。

アベノミクスが失敗したことからもわかる通り、「この道しかない」と主張する人には付いていってはいけません。彼らの導く道をたどっていくと、崖が待っています。

えてして、うつ病の人は、冷静さや柔軟性を失っているがために、「私の言うことを聞いて、この道を辿らないと、大変なことになるぞ」と勇ましく主張する人の声に従ってしまいがちです。そういうことを言う人は100%インチキな宗教者と断定できます。安倍晋三はそういう男でした。私は最初から見抜いていましたが、あの男はサイコパスです。

とにかく、ああいう安倍の白黒思考に従ってしまった日本人は、当時、集団的なうつ病状態だったのだと思います。数年前まで安倍マンセー族が跋扈していましたが、いまはすっかり鳴りを潜めています。奴らはようやく自分たちの愚かさを自覚できたのでしょう。今でも「お前らみたいなバカは最初から、黙っていればこんなことにはならなかったんだよ」と口角泡を飛ばしながら、罵ってやりたい気持ちでいっぱいですが、いまさらもう遅すぎます。

日本人はもっと賢くなって、「この道しかない」なんていう悪の思考には陥らないように訓練することしかありません。実のところ、もう手遅れなのでしょう。馬鹿に何を言っても、学習することはないので、どうしようもありません。うつは正しい治療を受ければ治るのでしょうけど、馬鹿は死んでも治らないのです。





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「22才の別れ」を20年振りに演奏 [音楽・楽器]



ギターが素晴らしいです。ハーモニクスが効果的に使われているのは誰にでもわかるんでしょうけど、ナッシュビルチューニングというものが美しさや繊細さを演出しているんですね。

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うつから回復した人に見られる特徴について解説します #うつ病【早稲田メンタルクリニック 切り抜き 精神科医 益田裕介】 [雑感・日記・趣味・カルチャー]



鬱が治ってくると、ニュースを見ても、「ああ、またやってるわ」というふうにどんと構えていられるようになるというのはよくわかります。益田先生のおっしゃる通り、鬱のときはニュースが怖いんですよ。戦争の映像を見て、心が苦しくなるのは、鬱のときです。

数千年単位の長い目で見ると、人類の歴史というのは戦争の連続であって、それが常態とも言えるのです。いまわれわれが「秩序」だと思っているものは永遠に続くはずもなく、「秩序」はどんどん変わっていくものです。世界史や地政学の勉強をすれば、たやすくわかることです。

マスコミや政治家は人道的、倫理的な側面を強調して恐怖や不安を煽ったりして、視聴者や有権者をコントロールします。鬱の時は、そういうニュースや報道を見ると、世の中がどんどん悪くなっていくのだ、自分は生きていても仕方がないと短絡的に考えてしまいがちです。

でも、健常な精神状態のときは過剰に感情移入することもなく。「ああ、またそんなことを言って、我々をコントロールしようとしているんでしょ。このアホどもが!」と冷静に突っ込みを入れられるのです。

「秩序」というのは、英語ではorderです。もちろん、順番のことです。士農工商みたいなカーストと言ってもよいでしょう。誰が一番偉くて、下っ端は誰かというものです。当座「戦後の秩序」とされるものはアメリカを含む連合国が正義であって、世界を正しく導いているということになっています。

実のところ、いまの永遠に続くわけではないのは、子どもにだってわかります。ロシアもソ連ではないのですから、国連の常任理事国のままでいられる理由はないはずです。日本はGDPで世界第2位まで上り詰め、いまは第3位ですが、いつまでもその状態が続くわけでもないのです。秩序というのは常に流動的なものです。マスコミの報道では、「戦後の秩序に挑戦する」ことがまるで悪いことであるかのような言辞が聞かれますが、その考え方の傲慢さ、無思慮、あるいは自虐は、大いに反省すべきだと思います。とにかく、視野が狭すぎるのです。

新型コロナウイルス感染症を巡って、世間では、「ウィズコロナ」と「ゼロコロナ」の対立が見られます。私はそのどちらの立場にも与しません。私の立場は、話が大きくなりますが、人間はウィルスを支配する側ではなく、ウイルスに支配される側にあるというものです。ウイルスのほうが偉いのです。矛盾するようですが、この秩序は永遠に変わらないと思います。コロナによって、人類が苦しめられたのは、傲慢な人類が地球を怒らせてしまったことの証拠であって、地球からの戒めとして受け取るべきなのです。これがいわゆる「ガイア理論」です。共存とか駆逐するという言葉を使っている限り、人類は視野が狭い愚かしい状態のままです。私はもう少し高いところから、この世界を眺めたいと思っています。

話を戻しますが、鬱から抜けた状態になれば、いちいち他人に振り回されることもなくなりますよ。他人がわれわれをコントロールしているやり方が見えてしまうようになるからです。私が言いたいのは、他人にコントロールされないようにするということではなく、さまざまな目に見えない力にコントロールされている愚かしい存在であることを受け入れるしかない、ということです。われわれの戦闘能力は自分たちが思っている以上に低いのです。



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【第1〜第7ポジションの位置】《3分位内にまとめちゃう》 [音楽・楽器]



これって数年かけて覚えるやつね。それを3分で一気見できるのはいいんですけど、コロナ禍が始まったときにチェロを始めた私には難しいです。いまだに私は第1ポジションと第4ポジション以外はできません。

毎日、仕事が忙しいので、楽器の練習があまりできません。電工二種の勉強もありますし、授業の準備(小テスト作成)や成績の記録もあります。時間がいくらあっても足りません。こんな中でも、心の余裕を失わないように気を付けて生活したいと思います。

とんちんかんなことを言うようですが、すでにコロナ禍が完全に終わってしまったような気がします。教壇の前にはアクリル板が置かれていたり、入り口でアルコール消毒をしなければいけなかったり、全員がマスク姿であるのは以前とは違いますが、電車も依然と同様に混雑していますし、オンライン授業もありません。そのせいで家にいられる時間が大きく減りました。朝早く家を出て、帰宅は夕方から夜ですから、家は寝に帰るだけみたいな状態です。

こういうことを言うと絶対に怒り出す人がいますが、コロナ禍は本当に幸せな時期だったんだなあと改めて思います。私にとってはこれまでの人生の中でもっとも充実していた時期の一つになったと思います。そういう時期を与えてくださった神様に感謝いたします。

世の中、ウクライナ紛争やら自殺報道やら船舶事故やら円安ドル高やら株安やら、うんざりするニュースばかりで、視野が狭くなりがちですが、こういうときこそ、心に余裕をもって、視野を広くすることを心掛ける必要がありますね。

とはいえ、伝わってくる情報のすべてを受け入れる必要はありません。われわれにはそんな義務はないのです。見たくないものは見なくてもいいのです。知りたくないものは知らなくてもいいのです。視野が広いということは、何でも見えている状態ではありません。そういう発想自体が視野を狭める原因なのですよ。そんなふうに何かに囚われている状態こそが視野狭窄なのです。

頑張っちゃいけません。



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