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【エド山口】家具調ステレオがやってきた! [音楽・楽器]



ご存じない方のために言っておきましが、エド山口さんはモト冬樹さんのお兄様です。YouTubeにもお二人でギター漫談をやっているものが上がっていると思います。

エド山口さんはまさに昭和30年代以降の日本の音楽シーンの生き字引ですね。勉強になりました。古い話を知ると、ミッシングリンクがつながるような感覚を味わえるので痛快です。

うちの母方の実家の居間にも家具調のステレオがだいぶ長い間鎮座しておりました。おそらく、テレビが置かれるようになったので、追い出されたのでしょう。三菱ではなく、シャープ(早川電機)だったと思います。

懐かしいですね。



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Michael Jackson - We Are the World -- piano tutorial piano lesson [Synthesia 100% speed] [音楽・楽器]



1984年エチオピアの飢餓を救うために、イギリスのミュージシャンたちが「バンドエイド」というグループを結成し、チャリティコンサートを開いたことをきっかけに、俺たちアメリカ人も負けちゃいられないと、マイケル・ジャクソンが主導してUSA for Africaを結成し、この歌をヒットさせました。いまでは音楽の教科書にも載るほどの世界中の人が知っている曲になっています。

それはいいのですけど、こういうチャリティーソングというのは、困っている人たちをみんなで救おうという人類愛の表出ですから、それ自体は称賛すべきことです。

ところがどっこい、全員が被害者になるかもしれないという今回のコロナ騒動では、そういう人間の善意がとたんに失われます。我先にとフェイスマスクやアルコール消毒液、そしてトイレットペーパーや食料までも買い占め、しかもそれを転売までして荒稼ぎする連中まで現れます。

人間というのは、自らに危機が及ぶと察知したとたん、本性を剥き出しにし、自分のことしか考えられなくなるのですね。

私は新型コロナウイルスの感染を食い止められなかった世界のリーダーたちに失望しただけではなく、利己主義と人種差別を全開にした下劣な人類に絶望を禁じえません。

"We are the world. We are the children." が 今日は"weird chill drain" に聞こえました。

コロナより、人類のほうがはるかに気味が悪いです。






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縄文と弥生 [雑感・日記・趣味・カルチャー]

「誰のタネかなんてどうでもいい」縄文時代は性的パートナーも平等に分配してた?縄文人vs弥生人、文化を徹底比較! | 和樂web 日本文化の入り口マガジン
縄文と弥生の違いって、社会主義か資本主義かの違いに似ているかもしれません。

配偶者も子供もみなコミュニティのものとして考える縄文文化のほうが私には居心地が良い気がします。

江戸の町人も子供を大切にしたと言われています。江戸は男の町で女日照りだったので、女性がモテモテで不倫が横行し、他の夫婦の子供が自分の子供かもしれないという状況だったそうです。その子供がどことなく自分に似ているような感じだと、よその子供でも大事にしなくちゃいけないという気持ちになり、結果、お互いを助け合うコミュニティーができていくわけです。

一方、弥生時代は、農耕文化ですから、所有の観念が強くなる一方で、平等とか分配の精神が衰えていき、格差と支配と戦争の観念が協会されていくわけですね。その時代が長く続きすぎた気がします。