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グローバル化とは [雑感・日記・趣味・カルチャー]

グローバル化に対応できる人材が必要だとか言っている人に限って、グローバル化の意味を理解していない人が多い。政治家も官僚も起業家も一般の労働者もだ。

グローバル化というのは、既存の境界線が曖昧になること、引き直しが迫られること、または消失することと考えてもらえればいい。一方、国際化(internationalization)というのは、既存の境界線を前提にしたものだから、グローバル化とはまったく位相が異なるものである。いまだにグローバル化を国際化を区別せずに使っている人たちがいるが、彼らこそグローバル化に適応できない人たちそのものである。国際化の時代はすでに終わっているのである。

国際化の時代が終わったということは、ナショナリズムの時代は遥か彼方に消えてしまったことを示している。ナショナリストを自認することでプライドを満たそうとする人がいるが、まともにものを考えられる人であるならば、日本ではポストコロニアリストにならざるを得ない。我々日本人は右翼にも左翼にもなれない時代を生きているのだから。

基本的に、境界線の根拠に疑問を呈するグローバル化は、経済面が中心となって起きていることである。しかし、境界線の引き直し、または消失は、政治、ジェンダー、民族、文化、教育などの概念を巡っても激しく展開されている。

杉田議員の「LGBT非難」の度が過ぎる

グローバル化がわかっていない典型的なのは、杉田議員のような性差別主義者である。杉田議員には既存の境界線を疑う能力が決定的に欠如していることは、彼女の政治的センスのなさを物語っている。

なぜ大学教師はサラリーマンより生産性が低いのか – アゴラ

この文章について、池田信夫氏に異論はない。ただ私が気になるのは、日本人がやたらと無意味なくらい「生産性」という言葉を使いすぎることである。英語では生殖・繁殖能力のことをreproductionとか reproductivityというので、杉田議員は「生産性」という言葉ではなく、再生産と言うべきだった。誰にでも生産性はあることを前提にし、その上で繁殖能力の欠如を指摘するのなら、これほどまでに問題にはならなかったはずだ。その意味でも、杉田議員には政治的なセンスがないと言える。だいたい、杉田議員は、一般の国民が選んだ議員ではなく、自民党が名簿の操作によって当選させてもらった議員であるのだから、上司である安倍総理の再生産性がないことに触れるべきではなかった。その意味でも、彼女は政治的なセンスがないと言える。

現代アメリカの残酷な闇に迫った!『ウインド・リバー』に潜むネイティブ・アメリカンの真実 | NewsWalker

アメリカには、不当に虐げられてきたネイティブ・アメリカンがいる。日本にはアイヌや琉球人や在日朝鮮人がいる。彼らの現実を知ることが、境界線の問題を考える切っ掛けになるはずだ。日本は昔から一つの民族が住んでいると思いこんでいる馬鹿が大勢いるが、ついこの前まで、日本にはクニ(江戸時代は藩)がたくさんあって、日本が一つの国であるという意識は「日本人」にはなかったのである。境界線の概念は事程左様に時代によって大きく変わるものである。

"別居"10年で夫が妻に払う額は数千万円 | プレジデントオンライン

稼いでいる側に厳しい世界に我々は暮らしている。しかし、それは弱者を守るためでもあるので、仕方がないことだろう。