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アルインコ(ALINCO) トレーニングマシン [健康・メンタルヘルス]





上半身の運動も下半身の運動同様に大事です。

このマシーンは1.5m×1.5mくらいのスペースが必要なようです。残念ながら、我が家では無理ですね。






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大学入試対策「英語」と決別? [資格・学び]

大学入試対策「英語」と決別した高槻中高、学力も使う力も身に付く授業の中身 世界87位、日本の英語力が低下している理由 | 東洋経済education×ICT

大学入試対策「英語」と決別?というフレーズの英語に「 」がついていますが、ついていない場合とどういう意味の差があるのでしょうかね。この学校の校長先生は大学入試の目的がわかっているのでしょうか。また、日本の英語力が昔よりも落ちた原因を正しく理解できているのでしょうか。論理的に考えたら、昔よりも落ちたのは受験英語のせいではなく、いまの若い世代に施している改革後の英語教育に問題があると考えるのが論理的なのではないでしょうか。


英語のネイティブスピーカーのもとで英語を英語で勉強することを謳う学校では、結局のところ、アシスタントとして日本人英語教師がつく形態が圧倒的多数です。彼らはコソコソと英語を日本語で教えるのですから、完全には英語を英語で教えることはできません。あるいは、日本人英語教師までが英語のみで教えると言うと、生徒たち、学生たちは不満を持つ事が多いです。

英語を英語で教えるという幻想に関しては、いかに頭が悪い人でも、こういう質問をすると、わかってくれる人が多いです。「あなたは中国語を中国人の子供が身につけていくように学びたいですか? あなたはそんなに暇なのですか?」

当然ですが、そんな学習方法は外国人にはタイムパフォーマンスがあまりに悪いですよね。そんなことを中学校の3年間やったとしても、3歳児レベルに到達するかどうかというところです。

結局のところ、英語がわかったように錯覚させる技術がある教師は受け、生徒たちの方はわかったつもりのまま卒業していくのです。結局、英語圏に生まれたら誰でもできるようなことを10年間、1,000万円ほどかけて、10歳児程度の能力をようやく身につけるのです。そんなことに価値があるものなのでしょうか。

本来我々は、そういう薄っぺらい教育を選ぶのか、それとも別の教育を選ぶのかという問題のジレンマを考えることは完全に不要です。

かつての大学入試英語というのは、英語以外のその他の西洋由来の学問の根本的思想(ギリシャ・ローマ由来のヘレニズムと一神教的世界観のヘブライズムから派生した哲学)を理解するためのアカデミックな素地を形成することが目的にありました。そんな西洋の暗黙知を高校時代までに身につけさせるための受験英語でした。

ところが、いまはそれを古臭い英語教育だとして打ち捨ててしまい、英語で挨拶をしましょうとかいう幼稚園レベルの教育を大学教育としているところが低偏差値大学では一般的です。そうではなくても、せいぜいTOEICレベルです。ビジネスで使える英語を装っていますが、実際のところは情報処理の速さだけを競うようなものです。TOEICの授業を受け持っている私が言うのですから、本当です。

個人的な意見ですが、むしろ、英語で挨拶なんかできなくてもいいので、アカデミックな部分がしっかり形成されるような方針のほうが現代においては役に立つと思います。哲学や心理学や宗教や人類学や経済学や法学や文学や芸術などの文系的な知識を背景に持っていない人間は、どうしても話が薄っぺらくなります。もちろん、生物学や精神医学などの理系的な知識も重要です。本来大学教育の目的は、基礎教養を身につけた人に、その後、自力で発展的な学問ができるようにトレーニングすることです。英語が底辺のネイティブ同様に話せるからと言って、頭の空っぽな人たちを育てるのが大学教育の目的ではありません。そんなことすら理解できない人を大学に送り込まれても、我々としても迷惑千万です。

有り体に言わせてもらうと、所詮、こういう高校の試みはことごとく失敗に終わります。文部科学省の言いなりになって補助金を得ようというビジネスなので、頭の良い親は相手にしません。でも、世間の親たちは英語コンプレックスの塊ばかりなので、自分たちの時代とは違う教育をしてくれて、海外旅行に行っても英語でコミュニケーションができ、就職でも役に立つとかいうつまらない理由で無駄にお金をつぎ込むのです。資本主義社会というのは、彼らのような庶民を食い物にして成長するものですから、けっこうな話です。

こうして、大学の入試対策の英語から決別すると、まともな大学に入れなくなるし、入っても大学教育の根本を理解できないまま卒業し、大学教育は役に立たなかったとかホリエモンのように偉そうにほざくようになります。そのうち、さすがに考えの浅い親でもこの真実に気がついて、この高校を見放すことになります。


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資本主義社会というのは、ギャンブルが好きな人、一攫千金を狙う人を食い物にして成長するのです。彼らは資本主義に利用されている側の人間です。資本主義を利用する側の人間は、お金がお金を生む装置を考案し、自分では単純労働者のようには働かず、お金に働かせます。一回ドカンと儲けて終わりというのでは、持続可能性がありません。それがわからないアホには、SDGsとか偉そうに言う資格はないでしょう。



人の感情はいらない?(精神科医目線) - YouTube

危機的な場面では感情込みで考えると答えが出ないことがあるので、合理的に、理性で考えないといけない場合がある。100%同意します。危機的な場面で感情に支配される人が、精神科医のカモになるだけではなく、資本主義の餌になるのです。






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