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車中泊女子のセキュリティ対策!防犯面で不安なこと・気をつけてることは? [雑感・日記・趣味・カルチャー]



男だって1人で車中泊するのは怖いのに、すごいなあ。私には無理。ここまで手の内を明かしてしまって大丈夫なのか、オジサンは心配です。

道の駅あしがくぼは、私もよく行きますけど、あそこの黒米うどんがおいしいです。昔よく食べました。

【北アルプス 表銀座縦走】燕岳〜大天井岳〜西岳!絶景の稜線歩き! [雑感・日記・趣味・カルチャー]



3泊4日の縦走かあ。ぜいたくですね。こういう旅(登山旅行)は、時間はあっても、体力がないとできませんよね。それにしても景色がきれいで、見ているだけで、俗世の悲しみも忘れることができます。


岩手県 遠野の夕暮れは最高ですよ 日本の田舎より生中継 supernabura [雑感・日記・趣味・カルチャー]



私たち家族も昔々遠野に行ったことがあります。カッパ淵も行きました。民主党政権のときに、高速道路がどこまで行っても1000円になったのですが、あの恩恵に預かりました。あれはすばらしい政策でした。GoToキャンペーンよりはるかに健康的だと思います。政権交代して、もう一度あれを復活してもらえたら、また岩手とか秋田とか青森にクルマで行きたいです。

28日に安倍総理が緊急記者会見をするそうですが、そのときに安倍総理はめでたく辞任を発表するかもしれませんね。祝杯を上げる準備をしておきましょう。


【いろは坂】#91 夏の日光は涼しや。ゆばグルメ日帰りツーリング!【バイク女子】 [雑感・日記・趣味・カルチャー]



確かに埼玉あたりからだと、日光は日帰り旅行に丁度いい距離にありますね。ゆばむすび美味しそうです。

それにしても、ゆっこさんは小さいんですね。


貧乏一直線 [雑感・日記・趣味・カルチャー]

何度も書いていますが、東京の人口は1400万人です。日本の人口は1億2千6百万人です。ということは、9分の1が東京に住んでいるわけで、9人のうち1人が東京都民です。「東京から来ました」なんて言うと、外国人のようにありがたがられた時代がかつてありましたが、いまとなっては珍しくもなんともない、どこにでもいるふつうの人ですね。

【47都道府県】面積比率・面積割合ランキング|あなたの県は日本の何%?

日本全体に占める東京の面積は0.58%に過ぎません。日本の0.58%の面積のところに、国民の11%(9分の1)が住んでいるのです。海外だったら、そんな過密状態の街はスラム街です。これからは、東京を女帝が君臨する「高級なスラム街」と呼びましょう。

「クラスターフェス」の国民主権党、カウンターのネトウヨ政治団体とトラブルを起こすようになっていた | ハーバー・ビジネス・オンライン

「自粛ケーサツ」が一時期話題になりました。いまは野蛮なマスク警察も出没するそうです。今朝、ニュースで、スーパーの飛沫感染防止の透明なビニールを引きちぎった爺さんの乱暴狼藉の映像が流れ、唖然としました。「邪魔なんだよ!」と言って、むしり取ったのです。店側は被害届を出したそうです。店長はなぜそんなことをされるのかまったく理解できないとおっしゃっていました。私にも理解できません。

同じようなことが政治レベルでも行わていることを知りました。「コロナなんて風邪みたいなものだ。みんなで感染してしまおう」などというブラジルのボルソナロ大統領みたいなことを渋谷の街なかで言って騒いでいる人がいるそうです。N国党の立花孝志氏の弟子のようです。その悪事に対抗するのが、ネトウヨの政治団体の「日本国民党」です。新型コロナウイルスは中国がばらまいた生物兵器だという陰謀論に洗脳されているので、コロナに感染することは、中国に負けることになるわけです。いずれにせよ、知能が低いと思います。知能が低い人達が集まる渋谷を舞台に選んでいることが、これまた滑稽です。

若い世代がコロナに感染しても8割は軽症だから恐れる必要がないと、近頃よく言われます。しかし、残りの2割、つまり5人に1人も重症化するのです。そして後遺症も残る可能性もあるのです。その後遺症の治療費は国が負担してくれないのです。非正規雇用で、貯蓄もないような若者は貧乏一直線です。そんなものに好き好んでわざわざ罹るなんて愚の骨頂です。

新型コロナ「2類相当」見直しへ 首相、28日にも対策パッケージ表明 入院、重症者に特化産経新聞

この見出しは、ミスリーディングです。新型コロナ感染症の危険度は5段階で上から2番目になっていますが、それを下げることになったかのような見出しになっていて、コロナなんて大したことはない、それより経済を回すべきだと思いたい人が、見直すことは良いことだというコメントをたくさん書いています。実際、尾身先生は、分科会で見直すべきという意見が出ていると言っているだけであって、分科会が見直すべきと提案したわけではないのです。経済を優先する自民党の政治家はそれでもいいのでしょうけど、科学者としては、保留するのが正しい判断でしょうね。

インフルの予防接種、高齢者が優先に 厚労省呼びかけへ [新型コロナウイルス]:朝日新聞デジタル

10月上旬から65歳以上の高齢者のインフルエンザワクチン接種を優先的に受付け、後半からは患者に接する機会の多い医療従事者、重症化のリスクが高いとされる持病がある人や妊婦、子ども(生後6カ月~小学2年生)へ接種を呼びかけるとのこと。私も今年は受けようかな。インフルエンザとコロナは判別できないですからね。

【クイズ】赤チンって何の略だか言える?意外に知らない!|OTONA SALONE[オトナサローネ] | 自分らしく、自由に、自立して生きる女性へ

アラフィフ以上なら簡単に答えられる問題です。うちの母親は、ちょっと擦りむいただけでも、すぐ赤チンをつける人で、私は顔や体中に赤チンを付けられて、恥ずかしくて外に出られなくなったこともあります。有機水銀化合物の危険性が認識されて、国内生産が終了した1973年以降も、私は赤チンをたくさんつけられていました。本当に忌まわしい記憶です。いまは医学的常識が変わり、消毒することは良くないと言われるようになっています。科学というのは、信じてよいのかどうか、私にはさっぱりわかりません。

【廃墟】足尾銅山跡を巡る?銅製錬所の廃墟がノスタルジーだ?中倉山登山口まで辿り着けるか? [雑感・日記・趣味・カルチャー]



教科書で習ったこところですね。わざわざ見に行く人も少ない場所と思いますので、こういう映像は非常にありがたいです。

音楽や文学や美術の話ができる人はいないものでしょうかねえ [資格・学び]

どこかに音楽や文学や美術の話ができる人はいないものでしょうかねえ。職場には、そういう人がけっこういて、コロナ禍以前は楽しめたんですけど、いまは英語教師の同僚たちとは会えないので、そんな話ができません。英語教師というと、文学系ではないと、たいてい教育の話になってしまって、うんざりさせられることが多いのですが、文学系の人と話すといつまでも話し続けることができます。そういう交流があってこそ生きる活力が湧いてくるものですが、いまはさっぱりです。

ところで、2週間くらい前だったでしょうか、しょうもないウェブ記事を読みました。文学が教養だったことはないのだから、学校教育から小説を排除して何が悪いという主張でした。無教養も甚だしいと思います。

そもそもその記事を書いた方は「教養」とは何かということがまったくわかっていないようです。その方にとっては、教養は、小説家の名前と作品名が言える程度の雑学的な知識なのでしょう。クイズ王=教養のある人、なのかもしれません。浅はかですね。念のため、用語の定義を確認するために、『大辞林』を引用します。

(1)おしえそだてること。「父は其子を—するの勤労を免かれ/民約論{徳}」
(2)社会人として必要な広い文化的な知識。また、それによって養われた品位。「—を身につける」
(3)〔{英}culture;ドイツBildung〕単なる知識ではなく、人間がその素質を精神的・全人的に開化・発展させるために学び養われる学問や芸術など。

1番はいまは使わない定義で、2番は一般的な定義です。気になるのは3番でしょう。「全人的に開化」なんて今ひとつ何を言っているのかわかりませんが、そこが大事なところです。英語ではcultureであると書いてあるのも気になるところです。Cultureは「文化」と訳されていますが、フランス語でも英語でも「耕す」という意味の言葉なので、「文化」というのは畑を耕して、作物を収穫するための知識のことであり、代々子孫に受け継いでいく行為なのでしょう。

しかし、文化は教養の一側面であると思います。一般に、教養は英語ではLiberal Artsを指します。それは自由になるための技術、自由人として生きるために必要な技術、能力、知識のことです。

つまり、教養がある人というのは、自由人という意味です。常識や既存の価値観や他人の意見に縛られない自由な発想を持っている人、全体を俯瞰できて、自分の直情的な感情にも縛られない人という側面もあるでしょう。「自分軸」で生きている人ということです。そういう生き方をすることが「全人的に開化」の意味だと思います。

その意味での教養を身につけるための材料として、文学などが「全人的に開化」するために役に立ってきたことは間違いありません。自由人ではない奴隷は、商売の教則本としての自己啓発書やビジネス書に書いてあることを忠実に守ろうとします。だいたいそんなことはできないので、自分は無能なんだと絶望するだけです。彼らは他人の意見に左右されるような「他人軸」で生きている人たちです。そういう生き方や考え方を予防するためにこそ教養があるのです。

文学も、音楽も、芸術(美術)もみな、アタリマエのことを疑います。アタリマエのことをアタリマエのこととして受け入れて、それに従って生きている無教養な奴隷にとっては、文学など、どうでもいいのかもしれません。しかし、教養は自由に生きるための養分なのです。そういう肥料がないと、文字通り、すぐに枯れてしまいます。

文化の話ができない人というのは、単純にお金儲けをする人が偉いという価値観なのかもしれません。型にはまったつまらない人だと思います。私は無教養な人と話すのは時間の無駄だと思います。そんなことに時間とエネルギーを費やす価値は一切ないと思います。

私の同僚の教師たちは、当然なのかもしれませんが、教育の話が好きな人が多くいます。しかし、彼らにとっての教育というのは、いかに学生にたくさん単語を覚えさせるか、速読できるようにさせるか、TOEICのスコアを向上させるかだけです。スキマ時間を活用して、単語を覚えさせるとか、どうでもいいことばかりです。少しは文学や音楽の話でもしたらいいのに、と思いますが、私のように考える人はあまりいません。

先ほど、ホームセンターに行ってきたのですが、車の中でNHK-FMを聴いていました。バッハ特集をやっていたので、長く聴いていられるようにわざわざ遠回りしてしまいました。ラジオを付けた瞬間に聞き覚えのある曲が流れてきて、嬉しくなりました。私が好きな無伴奏チェロ組曲の第1番でした。「この曲はヨーヨー・マやミッシャ・マイスキーが有名なんだよなあ。でも、これは明らかにヨーヨー・マのものではない。誰のだろう」なんてと思っていたら、曲が終わるとアナウンサーがミッシャ・マイスキーの演奏であることを教えてくれました。こういうことがあると、気分が良くなりますね。

こういう話ができる人は、どこかにいないものでしょうか。

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【断捨離】幸せを引き寄せる潜在意識の作り方 [雑感・日記・趣味・カルチャー]



やましたひでこさんの「断捨離」は悩みを解消してくれる宗教ですね。

「必要なものは必要なときに必要なだけ与えられる」のだから「天を信じよ」だそうです。

われわれは先のことばかり考えて無駄に不安になりがちです。たとえば、自分がある病にかかり、ある薬を使って治ったとします。もうその薬は飲む必要がないのに、余った薬を捨てることができず、お守りとして持っているということがよくあります。うちの妻も息子たちが医者に処方してもらった風邪薬を捨てずにたくさん取っています。

不要な薬をいつまでも手放さないのは、いつかまた同じ病になるかもしれないという不安を解消するためなのでしょう。しかし、そうやって将来また同じような悪いことが起きるというイメージトレーニングを日々していれば、ますます悪いことが起きる可能性が高まっていきます。だから、今必要ではないものはさっさと手放しなさいと、やましたさんはおっしゃいます。そうすれば、自分自身に自信がつき、自己肯定感が高まるのだと。

世の中には、不安の感情を湧かせるようなものがたくさんあります。自信をなくさせるようなこともたくさんあります。そういうネガティヴなものに自らぶつかっていって、克服することも大事なのでしょうが、生得的に自己肯定感が低い人間は、自分に害になるものを極力回避したほうがよいと思います。

私は学生からの授業アンケートの結果を見ません。見れば、やる気を失うからです。やる気が失われたら、元も子もありません。他者のフィードバックによって、改善されるという信憑が世の中には根強くありますが、むしろそれが我々のやる気を喪失させ、より悪い状況につながることが、近年認識されるようになってきました。

相手の悪いところをおせっかいに指摘してやることが相手を良くすることになるのだという認識は間違っているという考えに私も大賛成です。自分の悪いところは本人だってきちんと気づいているものです。でも、直せないのです。直せなくて悩んでいる人もいるでしょう。そういう人に直せというのは、残酷です。非人道的ですし、道徳的ではありません。

たとえば、風邪を引いた人に対して、「なんでお前は風邪なんか引くんだ」と非難して、風邪を引かないようにするアドバイスをしても、風邪は治らないのと同じです。そういう人にはきちんと共感し、「これまで無理してがんばってきたのかもしれませんね。いまは体も心も休ませて、また元気になったら、また一緒に楽しいことをしましょうね」と元気づけてやるべきです。それと同じではないでしょうか。自分の欠点をこれは欠点だから直しなさいなんて言われたこところで、何も改善なんかしません。むしろ、自己肯定感が下がり、やる気も下がり、バカバカしくなっていくだけです。他人に対する不信感や憎悪も強まるかもしれません。

今の世の中はアンケートだらけです。昔はそんなものはありませんでした。みんな他人の評価が気になって仕方がないのでしょう。やましたさんなら、それは他人軸で生きていると表現されるでしょう。大企業も、アンケートをしたがります。顧客のニーズが重要だとか、顧客の意見を商品開発に取り入れるんだとか言います。彼らは生産開発する側だけではなく、賞品やサービスを消費する側でもあるのですから、いちいち客に聞かなくても、客が喜んでいるかどうかなんてわかるはずです。彼らはすっかり自分軸を失っているようです。グローバルスタンダードはこうだとか、日本はこうだとか、ライバル企業はこうだとか、そんなことばかり気にしています。彼らはすっかり自信を喪失してしまったのでしょう。

テレビと企業は、基本的に不安を煽って商売をしています。また、視聴者に他者と比較させることで、劣等感を煽り、その劣等感を解消するために、このサービスを利用しなさい、この薬を飲みなさい、とやるわけです。その点で、テレビと企業は共犯です。

幸せとは、「自己満足」「自己充足」の状態を指すとすれば、幸せになるためには、我々の「自己満足」や「自己充足」を徹底的に破壊し、不安にさせるようなテレビや企業のCMには接しないことが重要です。情報には良い情報と悪い情報がありますが、我々を不安にさせる情報はもっぱら悪い情報です。

自分を批判する人、不安にさせる要素は、できるだけ遠ざけることが重要です。他人軸ではなく、自分軸で生きることを目指すべきです。家に転がっている使っていないペンやタオルをいくら捨てたところで、幸せにはなれません。断捨離すべきなは、そんな些細なものではないのです。やましたさんのお話を伺って、そんなことを考えました。


あと800万円かかります…「家を買った人」が恐ろしくなる事実(幻冬舎ゴールドオンライン) - Yahoo!ニュース

不安にさせる記事ですね。不安は人を思考停止にさせます。メンテナンスに関してですが、なんでも他人任せにしていると、30年間で800万円以上かかるかもしれません。それはクルマだって同じです。主語を配偶者にしても、子供にしても、同じことが言えます。子供一人なら2000万円ですよ。家の維持管理費用よりも高くつきます。


【アラサーキャンプ女子】週末の現実逃避 / 楽してのんびりミニマムソロキャンプ #2 [雑感・日記・趣味・カルチャー]



えらいよなあ。「現実逃避」なんておっしゃっていますが、わざわざ重たい荷物を背負って、電車に乗り、河原のキャンプ場まで足を運んで、テントを設営し、料理をして、食べて、片付けをして帰ってくるのですから、なかなかの重労働です。しかも、撮影までして、帰ってきてから動画編集までするのです。そのエネルギーはどこから来るのでしょうか。山登りも同じようなものですが、なぜ人間はしなくてもいいことをしたがるのでしょうね。

それにしても、今年の夏は何もしていないし、どこにも行っていないので、虚しさが募ってきました。長男を誘って山登りにでも行ってきたいのですが、息子は昼夜が逆転しているし、コロナ太りが極まっていますので、ちょっと無理かもしれません。

本当は、高校受験が終わったら、次男と富士山に登ろうと約束していたのですが、その夢も叶いませんでした。2年前には大学受験が終わった長男と一緒に登れたので、素晴らしい夏休みになりましたが、去年と今年はひどい夏休みです。

GoTo420万人 効果に疑問の声 - Yahoo!ニュース

この数字は、例年の10分の1だそうです。どれだけ旅行に行かない人が多いかわかります。